Kanon

□君去りしのち
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『さようなら、祐一さん…』



 そう言って、姿を消した彼女。


 その次の日…


 俺が呼び出されたのは、2月2日。


 栞が息を引き取ったすぐ後のことだった。



 病院についたおれに待っていたのは




 泣きじゃくる香里と、




 恐ろしいほど静かな、栞の病室だった。




 一瞬にして、目の前が真っ暗になった。

 暗闇に吸い込まれたかのように、

 何も聞こえなくなった。









『私…笑っていられましたか?』



『最後まで、笑っていることが出来ましたか?』



 そう言って笑った彼女の顔が浮かび










 ひどく…









 胸が苦しくなった…。









 俺は、彼女に、精一杯のことをしてやれたんだろうか…。


 いつも笑顔だった彼女を、心から笑わせたことがあったんだろうか…。


 彼女は俺なんかと居て、本当に幸せだったんだろうか…。



 頭の中にあったのは無数の疑問。









 そして、









 叶いはしない、『IF』だった。









 もしも、時が巻き戻せるなら…


 もしも、奇跡が起せたならば…




 もしも、これが夢ならば…










 気が付くと、公園に立っていた。


 勝手に足がココに向かってしまっていた。





 見えたのは見慣れた背中。


 こっちに気付くと笑顔になり、


『祐一さんっ』


 そして弾む声とともに、

 彼女の幻は、消えて言った。




「栞…」

 呟くと同時に、その場に膝をついた。


 俺は、アイツに…何もしてやれなかった……。

 決して涙を見せなかったアイツに…俺は……。




 目が霞む…


 静かな夜に響く噴水の音。


 凍てつくような冷たい風。


 その風に乗って聞こえてきた


 彼女の声。



「祐一さん」




「…栞」

 すぐそばに、栞がいる。


 少し歩けば、抱きしめられる距離。


 けれど足は動かない。

 多分これが、今の俺に許される、栞との距離なんだろう。





「祐一さんっ」

 もう一度名前を呼ぶと、

 口元に人差し指を持っていく、いつものポーズをした。


「泣いては駄目ですよっ」

 そう言って笑う。

「祐一さんまで泣いちゃったら。私、安心して成仏できませんからっ」

 冗談とも取れる一言。



 だけど、俺は…

「泣かないわけないだろっ!」

 叫んでいた

「お前がいなくなったんだぞっ!」

 全身の力を込めて

「それなのに…お前は……」


「…お前は…っ」 

 泣くなって言うのかよ……っ



 最後まで、言葉を出すことが出来なかった。

 これ以上話すと、涙が零れ落ちそうだったから…。

 奥歯をかみ締める。





「祐一さん…私は、幸せでした」

 栞は、ゆっくりと話し始めた。

 懐かしむように、

「祐一さんと出会えて、いろんな人と友達になって、最後の最後まで祐一さんと居れて…すっごく、幸せでした」


 フワリと、手を握られた。


「ですから、祐一さんにも幸せになってほしいんです。私以上に…もっと、もっと…」


 俺は何も答えられなかった。


 握られた手を握り返すことも…。



 手から伝わるぬくもりが薄れていく。

「栞…俺には…出来ない……」


 消えゆく彼女に、

 そんな言葉しかいえなかった。



「祐一さん…」

 それでも栞は笑っていた。


 栞の唇が動く。


 一言の、言葉。


 最後の言葉を残して…


 温もりとともに、


 少女の姿は消えていった。



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