夢小説:短編2

□見つめる方向
1ページ/2ページ





この娘は凄く奇妙な存在だ




本能寺に向かった時、僕は真直ぐ本能寺には向かわず、脇道を通って居た

あんなに荒れた三つの軍のぶつかり合いを避けて通るにはこれが一番よかったからだ

そして脇道を通った僕に見えたのは小さな体を無理矢理起こす娘

彼女が身に付けて居た泥だらけの布から見えたのは細い片腕が握っている一本の刀

普通の娘が片腕で刀など握れるはずがない

僕は気付かれないように愛用の関節剣を鞘から抜き、彼女に近付いた

そしてその剣の先を彼女の頬にぴったりと付けた


「動くな」


少し強気で言ってみると彼女は凍りついたように固まった

近付いたら聞こえた荒い息も一瞬消されたように止まる

大人しくなった娘の背中を見ながら僕は彼女の逃げる間をあたえないように素早く言った

「見た所…女中……という所かな」

そう言い切った時、僕はごく僅かな違和感を覚えた

それは彼女が少しも出していない殺気の事だった

刀を握りしめる事もなく、立つだけで精一杯のような空気が彼女から放たれて居た

本当に…普通の女中なのかもしれない

僕はあまり強く答えると女中が何も話してくれない、話せなくなるかもしれないと考え

少し声の音程を変え、優しく問いかけてみた


「織田軍の者かい…?それとも明智軍…?」

「答えるんだ」


チャキ…

と小さく刀の音が響く

何秒か間が開いたあと、彼女は消え入りそうな声で意外にもこう言った


「刀…………刀を退けて下さい…」


彼女のあまりにも冷静な言葉に僕は少し驚いた

普通の女中や娘なら、こんなにも冷静で居られるだろうか?

冷静にしても、殺気が全然発せられていない為、僕は一瞬悩んで、自分でもあっさりと刀を彼女の頬から離す

すると彼女は素早く僕の方へと振り向いた

そして驚いた顔をした


「動くな」


彼女の行動に、僕は咄嗟に彼女の目の先に刀を突き付ける

しかし彼女はそれに驚いているようではないような

視線は刀の刃よりも僕の方へと向けられて居た


「貴方は…」

「僕の名なんて聞く必要はないだろう」


何なんだこの娘は

僕は思った

意外な行動ばかりする。まるで今の状況がつかめていないようだ

疲れていたり冷静になったり、次は驚いたり

まるで子供

否、戦を知っているようで知らない子供の様だ


「僕が聞きたいのは君の軍の名さ」


少し冷たく言い放つ

すると彼女は一瞬視線を地へと向け、迷ったように自分の軍の名を……明智軍という名を言った


明智光秀……か………

僕の顔に自然と笑顔が湧く


「彼はとてもよく役に立ってくれたよ」

そう言うと彼女は今までで一番驚いた様に目を見開き、食い付いて来た


「あ、明智様に何かしたんですか?!」

「した訳ではないよ。只ポロリと言っただけさ」



今謀反を起こしたら


織田信長の顔はどうなるだろうね、と



微笑む僕に何かが降った


ガキィインッ



「−−ッ!刀…か…」


驚いた

久しぶりに僕の反射神経が役にたったと思った

彼女は僕に刃を降らせたのだ

あの細く、刀を扱えそうにない腕で、あの重たそうな刀を鞘から抜き、僕へと斬り付けた


普通の女中が で き る 訳 が 無 い


ギチギチ

いびつな音が鳴る

 お か し い

僕は思った


「…………君は何者だい?」

「明智軍の女中ですよ…!」


震えている。彼女は怒りで震えている

考えてみればおかしいだろう

普通の女中が怒りだけで使った事がない刀を瞬時に抜き

そして斬り付ける事ができるだろうか


「っ…君は何者だい?」







次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ