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□どりーみー・きっず
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大きな日本庭園の中に荘厳とたたずむ母屋で、白髪の少年と黒髪の少女は向かい合って座っていた。
白髪の少年――白竜は目の前にいるシュウと呼ばれていた少女を見据える。朱色に金の刺繍の施されたの鮮やかな着物を着こなし、黒曜石のような瞳は輝きを宿している。どこか利発そうな印象を受けるその少女を見て、白竜は幼いながらも素直に可愛らしいと思った。
こいつが、将来俺の嫁になる子か……
品定めをしてこいと言った父親からの言いつけを守り、彼はさらに少女をまじまじと見つめた。少女が青筋を立てていることなどつゆ知らず。
外の鹿威しがかたんと音を立てた。
「ではあとは若いお二人で――」
自分の父の部下である牙山に促され、白竜はゆっくりと立ち上がる。
「ほら、行くぞ」
「……の」
「は?」
今までずっと黙っていたシュウが初めて口を開いた。
「君なんなの?さっきからじろじろじろじろ品定めするみたいにさぁ、すっごく気分わるいんだけど。それからおじさん、そのわけわかんない話ながいしうざい。何がいいたいかって?頭の弱い君たち成金が、人様の家ででかい面すんなって言ってるんだよ」
檜で出来た机に足袋に包まれた右足をどんと勢いよく乗せて言い放つその姿は小さいながらもかなり威厳がある。あまりの内容と口の悪さに牙山も白竜もしばし唖然としていたが、漸く内容を咀嚼した白竜はシュウよろしく檜の机に右足をどかりと乗せてシュウに向き合う。
「貴様、今おれたちのことを成金と言ったか」
「そうだよ。最近お金もったんだってすぐわかる。第一、人の家の机に足のせるなんて随分ご挨拶だよね、気に入らないなぁ」
ぐ、と白竜が言葉に詰まる。父が事業に成功し、大富豪となったのはまだまだこの手の人間にとっては記憶に新しい出来事だと幼い白竜とて知らないわけではない。ただ、尊敬する父を馬鹿にしたという事実は白竜の逆鱗に触れるには十分過ぎた。
「女のくせにえらそうに!旧家だかなんだか知らないがこっちはお前をもらってやるんだぞ!」
ぶちんと音を立ててシュウの何かが切れた。
「……女のくせに?もらってやる?何言ってるの君は」
ゆっくりと足を机から下ろし、年季の入った戸棚を小気味良い音を立てて開け放つと、そこからこれまた年季の入った薙刀をすらりと取り出して白竜に突き付ける。
「この常識のない白滝が!今すぐ女にしてやろうか!」
瞳にいっぱい涙を溜めて大暴れしたシュウは数分後、止めに入った父親によって部屋に軟禁されることとなった。

『どりーみー・きっず』

「私の娘が大変なご迷惑お掛けしました!お詫びしても仕切れません!」
「全く……あのような凶暴なお嬢さんだったなんてこちらは聞いていませんでしたよ」
先程の檜の机の前で必死に詫びる見合い相手の父親を白竜は黙って見つめていた。
「仮に婚約した場合、彼らは共に暮らすことになるんですよ」
「本当に、申し訳ありません……!」
「謝られてばかりでは話にならないな。今回の縁談はこちらからお断りさせていただきます」
「天登様、それだけはどうか考えをお改めください!」
「白竜様、参りましょう。このような場所にいては危険です」
男性の言葉を無視して帰宅を促す牙山を白竜はやんわりと制する。
「まあ待て牙山。お父上殿、彼女は今何処に」
「娘ならこの廊下を進み、右手に曲がったところで見える離れに……」
「少し様子を見て来ても?」
「構いません。あの部屋には先程の長刀のような危険なものは置いていませんから」
「本当にそう言い切れるのですか?」
訝しげに牙山が口を挟む。先程思わぬところから長刀が出てきた為に、この家自体に不安がぬぐえないのだろう。
「それだけは断言できます。娘はあの部屋にだけは物騒な物を置きませんから」
あの部屋にだけということは、それ以外には何処にでも置いてある可能性があるということか――と、そこまで考えて牙山に冷や汗が伝う。
「白竜様、本気ですか」
「俺が冗談を口にしたことがあったか?」
再び牙山に嫌な汗が伝う。挙句一人で大丈夫だと付け足され、牙山はその場に固まってしまった。
「何故そこまで御熱心になられるのです」
「ああいった娘は新鮮だ。少し興味があってな」
「長刀を振り回すような少女は――まあ、新鮮ではありますが、仮にも貴方は天登家の跡取り。何も問題が無いよう頼みますよ」
そもそも、何かあっては自分の首も危ない。そんな不安を察したのか、白竜は薄く笑って答えて見せた。
「分っている」
では、失礼しますと部屋を出た白竜を、牙山は見つめる。
「本当に、何を考えているのか……」
部屋には二人の男性と、気まずい空気だけが残っていた。

教えられた離れはいとも簡単に見つかった。
母屋より後に作られたのだろうか、母屋の物より白く新しく見える漆喰壁に瓦屋根が特徴的で、その周りには母屋との間を隔てるようにして高さを切り揃えられた植物が植えられている。離れというより小さな一軒家のようだと白竜は思った。
大人一人通れるくらいの垣根を通り、入口の戸を軽く叩く。
「白竜だ。居るか?」
返事はない。不審に思い、家の主人に借りた鍵を使って戸を開ければ、人の気配は一切感じられなかった。話が違う、と眉間にしわを寄せながら靴を脱ぎ、襖を引いて室内に入れば案の定人の姿はなく、部屋に一つだけある窓が開け放たれていた。窓から舞い込んだ温い風だけが、お世辞にも広いとは言えない室内を満たしている。逃げたか、と白竜は顔をしかめる。踵を返し彼女を探しに部屋を出ようとした時、爪先に何かが触れた。
「……何だ、これは」
畳の上に転がっていたのは、シュウが遊ぶには幼すぎるように思われる知育トイの一部であった。
(妹か弟でもいるのだろうか。声が全然聞こえなかったが)
棚の上にそれを置いてから、白竜は離れを後にした。

外に出てみると、白竜が入った入り口以外にも子供一人が出入りできそうな隙間を見つける。そこは丁度開いていた窓の目の前にあり、此処から逃げたのであろうことは容易に想像できた。
離れから1メートルほど離れたところには、家の敷地と敷地外とを隔てるコンクリートの塀があり、その先には木々が生い茂る森が広がっている。おそらくこの家の敷地のものなのだろうが、子供一人で入れば確実に迷子になる想像が容易に出来る程度には広い。
(それでも、彼女は何となくこの中にいる気がする)
意を決して、白竜は塀を飛び越えた。着ていた子供用スーツが汚れるのはお構いなしである。
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