long novel

□ビードロの夜 02
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六日目



『万事屋銀ちゃん』の看板を見上げて、山崎は黒い上着を脱いだ。目立たぬ様に着てきたこの服も意味はない。悟るのがとても上手な人だから、朝から後をつけられていた事に気付いていたのだろう。
自宅の階段の手摺に手をかけたまま、銀時はそうするのが当たり前のように振り向いた。そして想定内な顔をしたまま、山崎を見る。


「で、何?ストーカー君。」
「局長みたいな事はしませんよ。どうして俺が動いてるのか、貴方ならわかるでしょう?」
「多串君の命令?」


無言は肯定の表れだ。余裕の顔をしたままだるそうに首の裏を掻く銀時に、山崎は苛立ちを隠せない表情のままそれをぶつける。


「何を企んでるんですか。」
「…何のことか、話がみえねぇな。」
「沖田さんの事です!…松本先生にかからないからおかしいと思って、病院に行ったんですよ。」
「へー…多串君もストーカー気質があるのか。」
「そしたら沖田さんはチャイナさんに会う前には病院へ行ってると、」
「先生に言われて?きたの?」
「目撃情報です。どうして嘘をついたんですか?チャイナさんに会って医者にきてもらった、病院にベッドの空きがない、嘘でしょう?」


山崎は自分の調べたそれらを問い詰める切り札としては使わずに、全開に手の平を見せる。警察官という職業であるのにへたくそなのは、彼に余裕がないからであろう。手に持った袋をきつく握り締めながら、銀時は何度も沖田のあの表情をリプレイする。そうしないと保っていられない。
その意味深な手に気付かずに、辛抱強く銀時が真実を告げるのを待つ。調べればすぐにわかってしまう嘘を、安易に彼がつくとは思えない。ならばどうして?沖田を何らかの理由で万事屋に拘束しなければならない?自分達の前に姿を現せられない理由とは?
山崎は自分の憶測がどこまで飛んでいってしまうのかわからなかった。それは悪い方へ悪い方へと突っ走ってしまうから、もう土方の指示を仰がずに独断で銀時の前に姿を見せてしまった。
そしてその敏い人は、けだるそうな態度を崩す事はない。言うつもりがないのだろう、山崎は気が焦って距離をつめる。


「沖田さんに何があったんですか?」


声を荒げる山崎に、銀時は手摺に背を預けた。
この声が届いていればいいのに。そうすれば頑なな沖田も少しは溶けるだろう。だって、どうしていいかわかんなくなるなんて、そんな風に言われたら銀時はこの嘘を続けるしかあるまい。


「沖田君は上で、寝てるよ。随分熱も下がって俺の分の苺大福まで食べてる。憎まれ口叩いて神楽と喧嘩もする。お妙からアイス貰って食ってるしな。」
「…それは、全部本当ですか?嘘ですか?」
「本当だ。」


銀時の顔色を伺う山崎にそう断言して、ドラッグストアの袋からマスクを取り出す。見せびらかすように剥き出しのそれをちらつかせて、にやりと笑った。


「明後日には見舞い、来ていいぜ。マスクは持参な。」
「…旦那、嘘の理由を聞いていません。」
「お前らが過保護なんだよ。」


沖田のいう、『居場所』が痛い程にわかる。
そこにいないと生きている意味もないと思える程に大切な場所を、そのように人は自覚はできない。失って初めて気付き慟哭を彷徨う。


「些細な嘘だよ、別に対した事もない。何でそう信じてやれねぇんだよ。」
「沖田さんには…色々前科がありますから。煉獄関の時も六角屋の時も何でも自分一人で動きます。」
「それは何の為だ?」


あの時もどの時も、真撰組に伊東派なんて表れた時だっていつだって。自分の中の正義に逆らえきれずに黙って動いていたのは?銀時はとても静かに問いかける。
俯いた影に山崎は言葉を失った。ほんの少しだけ悔しかった。何で貴方が沖田さんをそんなにわかっているように語るんですか、そんな嫌味ったらしい台詞を口の中に閉じ込めた。


「あいつの考えてる事なんて一つしかねぇだろ。嘘をついても、何かを誤魔化しても、飄々した顔しながらあいつは自分の為になんて動きやしねぇ。でも今は俺らがついてるから。」


少しだけ信じてやってくれないか。
ほんの少しだけ悲しそうな顔をしながらぽつりと、まるで独り言のように言われれば山崎は大人しく引き下がるしかなかった。明後日には会える、そう言い聞かせながら帰路についた。
――どうして俺達じゃだめなんですか?

沖田さん、どうして旦那達を選んだんですか。
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