dreamH
□まわり道にカンパイ!
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吉祥寺にある大きな公園の近くの、
屋根が傾いたような古い焼き鳥屋さんで。
私と小峠は昼間っからビールを片手にグダグダしていた。
「で、結局…あれってどういうコトだった訳?」
私はすでに頭まで赤くなっている小峠に尋ねる。
もちろん、あれっていうのは最近マスコミに騒がれてた小峠の恋愛&破局話のコトだ。
「そんなこと俺に聞くなよ、しらねーよ」
小峠は私の方を見ようともせず、ぐいとビールをあおり、
不機嫌そうに呟く。
全く、とりつく島もない。
小峠は今朝、突然、久しぶりに電話してきて
「飲みに行こうぜ」なんて私を誘ったくせに、
ただ不貞腐れたような顔で飲んでばかりだ。
この古い焼き鳥屋は暑くてクーラーはないし、
すでに小峠と私は汗べったりだった。
確かに小峠と私は気の置けない「昔なじみ」ってやつだけど、女性を誘っておいてこんな扱いは全く酷い。
久々の呼び出しは…実はすごく嬉しかったのに。
服だって、結構可愛いのを選んじゃったのに…。
私は無性に意地悪が言いたくなって、小峠にぐいっと詰め寄る。
小峠は一瞬ひるんだ顔をした。
「な、なんだよ、近えよ」
「あの子のこと、結構マジだったんじゃないの?ことうげの方がさ」
「は?んな訳ないだろ。俺は巻き込まれただけ、てか、ほんと意味わかんないうちに熱愛中とか破局とか言われて、超迷惑だっつーの…」
「そーなの?じゃあ、あの子とヤッてもないの?」
私が聞くと、小峠はぶっとビールを盛大に吹き出した。
「ちょ!ことうげ、汚い!何やってんの!?」
「おおおお前が変な事聞くからだろ!」
「聞いてないじゃん、ただ肉体関係だったのかなって」
「だから、肉体…っ、じゃなくて、そんなこと、きくなって!」
「え、それってつまり、ヤッたってこと?」
「違げえって!」
「へえ…やったんだ…ことうげもやるねえ、売れっ子芸人は違うねえ…」
「だからヤッてないって!ヤッてない!」
「え、そうなの?」
「そう!!」
「なんだ。つまんないの」
「つまんなくないだろ、だいたい、そんなコト聞きたいか?まじで。俺の肉体関係とか」
「そりゃ…まあ…聞きたい…?」
「まじか!?」
小峠のビックリしたような顔がおかしくて、私はぷっと吹き出す。
つられたように小峠も笑い出す。
やっと空気が和んだように感じた。
ああ、懐かしい。
昔…小峠が今みたいに売れっ子じゃなかった頃、良くこんな居酒屋で今みたいにふざけあったっけ。
なぜだか胸がぎゅっと痛くなった。
あの頃、私は小峠が好きだったんだっけ。
告白しようかな…なんて思ってるうちに、手の届かない人になっちゃったな。
なんだか本当に胸が痛くなってきて、私は沸いて来た涙と一緒に、慌てて残っていたビールを飲み干した。
喉を通り過ぎるビールが思いのほか苦くて、鼻の奥がツンとした。
空いたジョッキを机にドンと勢い良く置いたら、
小峠が「おい」と声をかけてきた。
「何」
「相変わらず、乱暴な女だよな、あんた」
「うるさいな」
「でも、その、俺が、好きだって言ったら、どうする」
「…好きだって…言ったらって……え?……え!?ええええ!?」
私は、意味が理解できなくて小峠を凝視する。
そのハゲ頭と困ったような赤い顔を。
「好きなんだよ、あんたのことがさ」
「は!?」
「は!?じゃないよ、告白してんだよ、俺は。じゃなかったら、なんで呼び出したと思ってるんだよ、こんなとこにさ」
小峠は、頭まで真っ赤になって、相変わらず不貞腐れたような顔でそう呟く。
「そ、そんなの、知らないよ、ただ、飲みたかったのかと思ったけど!?だいたい、こんな汚い店で告白する奴なんかいないでしょ、普通!」
「悪かったな、いいだろうが。よく、あんたとここに来たし、ここでいいかなって思ったんだよ!」
「は?何言ってんの、小峠。売れっ子になって、馬鹿になったの?いまさら…何、言って…」
「俺だって、いまさらだって、わかってるよ!わかってるけど…」
小峠は小さく咳払いして、続けた。
「俺はさ、もっと売れたら、もっと売れたらって思って頑張って来たよ。売れっ子になったら、あんたに告白しようって思って頑張って来たよ。だけどさ、頑張ってたら変な女につかまっちまうしさ。…これ以上はもう頑張れねえんだよ!俺はもう、ずっと、あんたが好きで…、これ以上は待ってられねえんだよ。」
「な…な…なに威張ってんの?ていうか、噂になったモデルさんのこと、変な女とか、ひ、ひどいし!ことーげのくせに!」
「ああ!?お前一体だれの味方だよ!?」
「それに…ほんと、何、言ってんの…、そんな、訳、ないでしょ?小峠が私を好きだなんて…」
「あったら悪いかよ」
「だって、ことーげは今や売れっ子なんだよ?売れっ子なんだから、もっと…ほら…色々女性なんか選び放題でしょ?」
「んなことあると思うか!?俺だぜ!?」
「おっ、思うよ!!」
「思うのかよ!!どうかしてるよ、あんた!!」
「だって、私は売れてない頃だって、小峠のことが…!」
思わず、そう言ったら。
小峠は眉をしかめて私を見た。
「は?」
「…」
「な…何だよ、ハッキリ言ってくれよ!」
「だ…だから、小峠のことが…」
私は。
結局、そこから言葉を続ける事ができなかったけど。
小峠は、全部察してくれたようで、赤い顔をして嬉しそうににやっと笑った。
「なんて日だ…!まったくもう!!」
小峠は小さくそう呟いて。
私のからのジョッキに、自分の半分以下になったビールジョッキを、乱暴にカチンと当てた。
「とりあえず…カンパイと行こうか!?」
☆おしまい☆