LOVE▲TRIANGLEU
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ノーノ君がボンゴレにやって来てから五日後…ようやく彼の叔父さんが名乗りを挙げてきた。
「すみません。お世話になってしまって」
「いえ。お利口さんにしてましたからこちらも楽でしたし、楽しかったので」
やって来たのは優しそうな男の人。私とリボーンさんとボスが向き合って座っている。
「この子の両親は半年前に亡くなってしまって、私が育てているんです」
「そうなんですか…」
「何時も一緒に居られる訳ではないので、寂しい思いをさせているんでしょう」
だから私達のことをパパ、ママって言ったんだろうか。隣に座るノーノ君は俯いて黙ったまま。幼い彼には状況が分からなくても辛く感じているんだろう。私が彼に優しく呼び掛けると、ノーノ君は顔をあげた。
「また何時でも遊びに来ていいからね」
「…いいの?」
「勿論!」
そう言えば嬉しそうに笑ってくれた。
「…ではそろそろ失礼します」
ノーノ君の叔父さんは自分の頭を下げながらノーノ君の頭を手で下げさせ、ノーノ君の手を引くと足早に扉へ向かった。さっきまでは笑顔を見せていたノーノ君の顔から笑顔は消えた。
「ノーノ君!またね」
振り返ったノーノ君は辛そうな顔で何かを声に出さずに言った。えっ、どういうこと…?首を傾げている内に二人はさっさと出ていってしまった。
「あの…「今の奴、ネオファミリーの幹部だろ」
「ああ、パーティー会場で見たことあるよ」
「…ネオファミリーって、半年くらい前にボス夫婦が不慮の事故で死んだんですよね」
私の言葉にボスは頷いた。
ネオファミリーはボンゴレと同盟を結んでいる訳ではないが、友好関係は築いている。前代のボスは穏健派で優しく落ち着きのある人だったらしい。彼と夫人が車に乗っている最中に、ブレーキが効かなくなり、ガードレールに突っ込み崖から落ちたらしい。車は跡形もなく潰れ、中から二人の遺体が出てきたという。
ふと、ボスが意味深に笑って口を開いた。
「…その事故さぁ不慮だと思う?」
「えっ…?」
私が戸惑っていると、リボーンさんが首を横に振った。
「大方、車のブレーキに細工がしてあったんだろ」
「うん。ボンゴレ管轄内だったからね。一応調べに行かせたらリボーンの言う通り」
「そんな話聞いてませんけど…」
「特に警戒することでもなかったしね。だから良いかなって」
その口調ぶりからして、今何かあるみたいだ。私がそう言えばボスは流石だねと私の頭を撫でた。
「前代ボスは穏健派だったけどさ、今のボスは過激派なんだ。…それもボンゴレ敵対の」
「!まさか、前代ボスを殺したのって…」
「…まだ確証はないけどね。八割はその可能性が高いよ」
その言葉で芋ずる式に解けてしまった。ネオファミリーの今の実態もノーノ君が言ったあの言葉の意味も…。私はボスに向き直った。
「すぐに命令出して下さい!」
「何て?」
「ネオファミリーを壊滅すべしと」
同意してくれると思ったのにボスもリボーンさんも何も言わないから私は言葉を続けた。
「ネオファミリーを壊滅させなければボンゴレに被害が出るかもしれません。それに…」
ノーノ君が去り際に残した『たすけて』の一言。彼は幼いながらに全てを理解してるんだろう。自分の叔父が両親を殺したということを…
「駄目。命令は出せない」
「!どうしてですか?!ノーノ君だって…」
「今現在までにボンゴレがネオファミリーに何かをされたことはない。もし可能性論でネオファミリーを壊滅させたらボンゴレは信用を失うでしょ」
「でも…」
じゃあノーノ君がどうなってもいいんですか、その言葉は紡げなかった。ボスが冷めた目で私を見据えたから。
「ひなにとって、一人の外部者とボンゴレファミリー…どっちが大切なの?」
その言葉に私は何も言い返せなかった。答えなんか聞かなくたって分かってる。所詮本人の意思関係なく、ノーノ君はネオファミリーの一員で、外部者だ。私達がどうこう首を突っ込むのはルール違反だ。唇を噛み締め、拳を強く握りしめる。
「…すみません。頭冷やしてきます」
頭を下げ、執務室を後にした。
「…手厳しいな」
「あれくらい言わなきゃ一人でも突撃しそうでしょ」
椅子に腰掛けたツナを見て、ちゃんとボスらしく成長したなと改めて思う。
「…ひなは無力な他人、特に子供に弱いからね。ノーノのこともほっとけなかったんだろうね」
俺も助けたい気持ちでいっぱいだけどさ、ツナは淋しげに笑った。
「ボンゴレを優先すべきだもんね」
「…お前の選択は間違ってない。俺でも同じこと言ったぞ」
「リボーンのお墨付きなら安心だよ」
ツナが言ったことは正しい。いくら愛着があろうが所詮ノーノはネオファミリーの一員。仮に殺されたとしても俺達には何かする権利も大義名分もない。マフィアの間で同盟は重要だ。一つでも裏切ったらそのファミリーを壊滅するのはまさにそのこと。石の塔のように、一つ崩れればそこから崩壊する危機もある。ただでさえボンゴレは巨大であるため敵の数も多いのだから。
「それで?上司さんは部下の所には行かないの」
「…今から行くつもりだった」
部屋を去る際の彼女の横顔が蘇る。泣いてるかもしれない。
「そっか。…よろしくね」
「…ああ」
ソファーから立ち上がり執務室を後にした。
「はぁ…」
この前…ノーノ君を見つけた時に座っていた椅子に腰掛けている。勿論、ノーノ君の姿は何処にもない。
ノーノ君は大切な子だ。僅かな間しか一緒に居られなかったけど、かけがえのない存在だ。でも…それ以上に大事にしなければならないものがある。私がボンゴレファミリーの一員である以上は。カイジを殺す時は殆ど躊躇いはなかった。確かにその後は沈んだ気持ちになったけれど、もう落ち着いている。たとえ昔からの馴染みであっても、ボンゴレに喧嘩を売ったのだから…。
「でも…」
ノーノ君の場合は異なる。無力で怯えることしか出来ない子供。彼に非は全くない。だからこそどうにかしてあげたい。カイジを助けられなかった分も…
「隣いいか」
「…リボーンさん」
相変わらずリボーンさんの気配は読めない。幽霊のようにやってくるもんなぁ。こくんと頷くと隣の椅子に腰掛けた。
「リボーンさんもボスの意見に賛成ですよね」
「…ああ」
ボスと同じくらい、いやもしかしたらボス以上にボンゴレを大事にしているリボーンさんなら当然のこと。
「…お前が言ったあの言葉、普通はなかなか言えねぇぞ」
命令を出してくれと言ったアレだろう。
「俺でも命令の命令なんて言ったことねぇからな」
「…すみません」
「謝らなくていい。お前だったら言うだろうなって思ってたからな」
生温い、強い風が吹き通る。花壇の花々は傾いたもののすぐに態勢を整えた。彼らは穏やかではないだろう。この風によって死んでしまうかもしれないから。私の心も穏やかではない。今ノーノ君がどんな状況なのか考えると胸がキリキリする。
「…でもな、待たなきゃいけねぇ時だってある」
顔を上げてリボーンさんを見れば彼はじっと庭を見つめていた。
「ノーノを助けたい…それは誰だって同じ気持ちだ。だが俺達に出来ることなんざ今はねぇんだよ」
無意識だろう。リボーンさんは唇を噛み締めていた。彼も辛いんだろう。仮とはいえノーノ君のパパなのだから。
「…お前なら分かるよな」
私は馬鹿だ。辛く感じているのは自分だけだと思っていた。ボス達は他人を思いやる心が欠けているなんて考えていた。そんなはずがないのに。私が尊敬してるあの人がそんな非情な人じゃないのに…
「…すみません」
「だから謝るなって言っただろ。それと、」
リボーンさんの腕が伸びてきて、私の顔は彼の肩に押し付けられた。
「我慢するな。泣きたいなら泣け」
「…甘えさせないで下さい」
「そんな顔の奴に言われても説得力ねぇよ」
ぽんぽんとリズムよく背中を叩かれ、段々と視界が滲んでいく。
「…安心しろ。ノーノは殺させねぇよ。絶対に」
その言葉に私は黙って頷いただけだった。
(ありがとうございました)
(つらいときに傍に居るのは上司であり男の役目だからな)
(じゃあリボーンさんが泣く時は私が傍に居ます)
(好きな女の前で泣けるかよ)
(弱み見せてくれる人って好きだなぁ)
(…分かったよ(コイツ、小悪魔だな))