LOVE▲TRIANGLEU
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『ノーノ君。用事あるからちょっと出掛けてくるね』
『ぼくもいくー!』
『よし、じゃあ行こっか』
小さな手を引き、人が居ないことを確認して廊下の突き当たりの壁を通り抜ける。そう…これは骸さんの幻覚だ。現れたのは大きな扉。暗証番号に指紋承認、顔認識をクリアすると画面にボスの姿が写った。
『書類受け取りにきました。ノーノ君も一緒なんですけど…良いですか』
『うん。いいよ』
扉が開かれ目の前には階段が現れた。手を引きながら登りきり、赤い絨毯の階に繋がる。ここは機密情報や重要会議が開かれるため特別に隠されているし、幹部クラスでなければ入室は不可。ボスは通常下の階の執務室に居るから滅多に此処に用はない。真ん中の部屋をノックすると中からどうぞ、と声がした。
『失礼し『ママ…トイレいきたくなっちゃった』
『トイレはあっちの1番奥にあるの。一緒に行く?』
『ううん。ひとりでへーき!』
駆け出したノーノ君を見送って私は部屋へと入った。部屋に居たのは死にそうな顔のボスと腕を組んだリボーンさん。机には書類タワーが何個もできてる。この部屋は元々、重要会合を開くためのスペースだったけど、今ではボスが溜めに溜めた書類整理をリボーンさんに扱かれながら片付ける部屋になっている。
『…たすけてひな』
『自分でやれ。こんなになるまで溜めたんだから自業自得だ』
苦笑いして応援することしか私には出来なかった。
『あれ、ノーノは?』
『トイレ行きました』
『…そう』
『ノーノに免じて減らしてもらおうなんざ無駄たぞ。俺が許さねぇ』
ボスが泣きまねをすると、リボーンさんの叱咤が飛ぶ。これじゃどっちが上司か分かんないなぁ…。ボスは私に次の任務の書類を手渡した。
『五日後ね。山本とよろしく』
『了解です』
敬礼をして机に歩み寄り、書類タワーから手に余るほどの厚みの書類を倒れないよう素早く抜き取る。パラパラめくるとこの内容なら私にも処理出来ることが分かる。
『ノーノ君が寝ている時にやっておきますね』
『ひなは女神だねぇ!それに比べて…』
『俺に文句でもあるみたいだな』
リボーンさんが拳銃を取り出したのを見て、ボスは慌てて首を振った。コントみたいで可笑しくてつい笑ってしまう。
『じゃあ…そろそろ失礼しますね』
『3時間くらいしたら戻るからな』
『はい。ノーノ君に伝えておきますね。…ボスは頑張って下さい』
頭を下げて廊下に出る。それにしてもノーノ君遅いなぁ。お腹でも壊したのだろうか。大丈夫かな?
『ママー!』
横を向くとノーノ君がこちらに駆けてきた。元気良いし調子が悪い様子ではないみたい。
『パパは3時間くらいしたら帰ってくるって』
『ほんとう?』
『そうよ。部屋戻ったらケーキでも食べよっか』
『うん!』
「あと5分か…」
時計を確認した後、顔をあげるとリボーンさんと目が合う。
「大丈夫か」
「…はい」
任務前なのにこんな精神状態なんて…迷惑がかかってしまう。自分に喝を入れてブンブン頭を振った。反対隣には心配そうに私を見つめるコロネロも居た。
ネオファミリー壊滅任務に選ばれたのは私、リボーンさん、コロネロの三人。後方援助で獄寺さんとランボさんが居る。彼等が突入するのは私達の30分後。突入場所も異なる。時計を見ればあと3分。屋敷内はまだ私達の存在に気付いてないみたい。肩を叩かれ見上げればコロネロだった。
「…帰ったら特大パフェ奢ってやる」
「本当…?」
「ああ。約束だコラ」
わしゃわしゃ私の髪を豪快に撫でたコロネロは何時ものように笑った。
「…よく俺が居る前でデートの約束出来るな」
「羨ましいだろコラ」
今にも喧嘩を始めそうな二人の間に慌てて割って入る。
「さ、三人で行こう?それなら文句ないでしょ」
彼等の眉間に皺が寄ったのは見て見ぬフリ。それでも頷いてくれたから頬が緩んだ。
「…やっと笑ってくれたな」
「えっ?」
「お前、ずっと真顔だったぞコラ。そんな顔似合わねぇ」
コロネロとリボーンさんは優しく微笑んでいた。涙がじわっと滲む。
「泣くのは終わってからだ」
「…はい」
無理矢理涙を引っ込め、前を見据える。突入まであと1分…。何度もやったシュミレーションを頭に呼び起こす。
「ああ…ひな。一つだけ言っておく」
「…何ですか?」
「望みはある。場合によってはな」
どういう意味なんだろう。それを尋ねる前に時間になり、コロネロが手榴弾を三個投げ、任務は開始した。
薄暗く静かな部屋全体に血の臭いが充満している。念のため倒れた遺体の顔を確認すると、間違いなくネオファミリーのボスだった。彼を囲むように幹部達が倒れている。任務完了まで一時間半程度。全て計画通りだ。
「…計画通り過ぎて恐いですね」
「俺もそう思うぞコラ」
まだ何か終わってない気がする。このモヤモヤ感は一体…
"…たすけて"
「!今の…」
「オイ待てひな!」
リボーンさんの手を振り切り私は声がする方へ駆け出した。…違う、こっちじゃない。もっと奥の部屋だ。
勘だけを頼りに彼が居るであろう所へ向かう。急がなくちゃ間に合わない…そんな予感がした。
"バンッ"
目に留まった大部屋の扉を開ける。こっちから聞こえた気がするけれど…。あ、遠くに倒れているのって…
「ノーノ君?!」
間違いない。彼に近付くと青白い顔をして居た。脈を取るとちゃんと生きている。良かった…間に合ったみたい。
「ん……ママ?」
意識を取り戻したノーノ君の目には怯えが見える。何か恐いものでも見たんだろう。
「ぼく…ずっとこわかったよぉ」
「私が来たからにはもう大丈夫よ」
ノーノ君を優しく抱きしめる。今は彼が情報を流出させたことも頭になかった。
「…ならぼくもあんしんだよ」
「!!」
何だろうこの違和感は…。ノーノ君の身体を離し、じっと見つめる。
「どうしたの?ママ」
目の前に居るのは正真正銘ノーノ君だ。でも私の頭はノーノ君じゃないって言ってくる。あの…写真を見た時のように。
「貴方…本当にノーノ君?」
無意識にホルダーに手を伸ばす。
飛んできたモノを反射的に避けると先ほどまで自分がいたところにナイフが突き刺さっていた。
「…貴方は誰?」
ナイフを投げた張本人、ノーノ君…いやノーノ君ではない誰かを睨みつける。
「ククッ…流石ボンゴレ幹部と言ったところか」
ゆっくり立ち上がり、怪しげに笑った。
「…私だよ。ノーノの伯父だ」
「ノーノ君を迎えに来た…?」
「正確には回収に行ったんだがな」
目の前の光景が信じられない。だって彼の伯父さんはさっき私が撃ち殺した。それにノーノ君の姿なのに…。でも彼から感じるオーラはあの時と同じもの。
「君は若いから知らないかもしれないが…憑依弾というものがあるんだ」
「…憑依弾?」
憑依弾、憑依弾…。記憶の中で資料を探ると前見たファイルの1頁が頭に過ぎる。
「…エストラーネオファミリーが開発したってやつ?」
「そう。もう数十年前の話になるがね」
「でも憑依弾は…」
製造していたエストラーネオファミリーは壊滅されたはず。そこに居た子供達によって。
「運よく手に入れられたんだ。お陰で製造方法も解明されてる」
「…それがばれたから前代ボスを暗殺したのね」
「ご名答。せっかく素晴らしい開発なのにアイツときたら…」
何処が素晴らしいんだろう。他人の身体を勝手に利用するなんて…
「今すぐノーノ君の身体から離れなさい」
「無理な頼みだな」
「…撃つわよ?」
拳銃を向けても彼は高らかに笑うだけ。
「撃ったらノーノが死ぬぞ?」
「!!」
「やはりな。コイツに憑依して正解だった」
ノーノ君を撃ったら彼も死ぬだろう。でもノーノ君も死んでしまう…
「情報流出させたのもコイツじゃない。俺がやったんだ」
「…いつからノーノ君に憑依してるの」
「そうだな…もう二年になるか」
「二年も?!」
つまり最初から…ボンゴレに入って来た時から計画されていたわけか。私達に気を許させ、隙を狙って情報流出しようと…
「ひな!!…ノーノ?」
「来ちゃ駄目!!」
リボーンさんは私とノーノ君の姿を見て気が緩んだのか、ノーノ君が放ったナイフを避けるのがほんの僅かに遅れた。直ぐに避けたけれど、頬に掠り血が飛ぶ。
「…ノーノじゃねぇな。さては憑依弾か」
まるで分かってたような素振り。だからあの時ああ言ったんだろう。リボーンさんはスーツの裾で血を拭った。
「でもどうすれば…」
「ノーノを目覚めさせるしかねぇ」
「目覚めさせる…?」
彼の奥で眠っているノーノ君自身を起こすってことみたい。警戒しながらもゆっくりノーノ君に近付く。
「ノーノ君」
「無駄だ。もうアイツは目覚めない」
「私はね、貴方の本当のママじゃないの。リボーンさんも本当のパパじゃない…」
紛れも無い事実…。それでも彼は私達を慕ってくれた。
「でもね…貴方を想う気持ちはノーノ君の両親にも負けないつもりよ?」
「…っ、黙れ」
「短い時間だったけれど、私には本当の家族のように感じたから…」
ノーノ君に憑依した彼が頭を抑えながら倒れ込む。中でノーノ君が必死に戦っているんだろう。
「そうだぞ、ノーノ。俺達にとってお前は大事な息子なんだ」
「リボーンさん…」
「…コイツの息子になるのは不本意だが、お前の兄ちゃんにはなってもいいぞコラ」
「コロネロも…」
ノーノ君から黒いオーラが逃げていく。もう少し…
「ノーノ君、私は…私達は貴方を助けたいの。だからノーノ君も私達を信じて?」
「…っ、ママ?」
開かれた目には明るさが戻っていた。もしかして…
「ノーノ君!!」
「く、くるしいよ…」
「オイひな、力強すぎだコラ」
「あっ…ごめんね」
身体を離し、頭を優しく撫でるとノーノ君は幸せそうに笑った。
「ぼく、くらいところにずっとひとりでいたんだ…。でも、ママとパパ、おにいちゃんの声が聞こえて…」
「そっか。良かった…」
隣でコロネロも嬉しそうに笑っている。ふと、リボーンさんが突っ立ったままこちらを見ているのが目に留まる。
「リボーンさん?どうかし…コロネロ!!」
コロネロに体当たりして身体を転がす。私達がさっき居た所には三本のナイフが突き刺さっていた。
「…どういうことだコラ」
リボーンさん…いや、リボーンさんじゃない彼をキッと睨みつける。
「貴方…ノーノ君の伯父さんでしょう?」
「その通り。…まさか最強ヒットマンに憑依出来るとはな」
さっきナイフで傷付けられたからに違いない。
「だが、コイツも弱いものだな…。こうも簡単に乗っ取られるとは」
「リボーンさんを侮辱するな!!」
「君がそんなことを言える立場かね」
「…どういうこと?」
彼を見上げると、クスリと笑った。その笑い方はリボーンさん自身のソレと同じだけれど、どこと無く違う。
「最強と謡われた彼の唯一の弱み…知ってるか?」
「!ひな、こんな奴の話聞くなコラ…!」
「彼の弱み…それは、」
心臓が激しく音を立てる。聞きたいけれど聞きたくない…そんな気持ち。
彼は私をじっと見つめた。ゆっくり上げられた人差し指が指したのは…
「君だよ。ひなさん」
誰か嘘だと言ってほしい。…それでも心の何処かで納得出来てしまう自分が居た。
(…勝手なこと言うんじゃねぇ。アイツは弱みじゃない)
(俺にとって、お前は力の源なんだ)
(そんな奴の話を真に受けるなよ…ひな)