LOVE▲TRIANGLEU

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時刻は深夜の23時。街は寝静まっている。気味悪い闇夜を照らす街灯だけが頼りの通りを一人の女性が歩いていた。残業を終えた彼女は電車を乗り継ぎ、ようやく最寄りの駅に着いて、そこから20分ほどの自宅へ帰る途中だ。疲れは残っているものの、一人で暗い夜道を歩くのに一種の恐れを抱いているのか、歩く速さは早歩きほど。彼女のヒールの音だけが鳴り響く。


"コツコツ…"

彼女の靴の音とは別の、誰かの足音が聞こえた。振り返っても誰もおらず、きっと聞き違いだろうと再び歩きはじめる。


"コツコツコツ…

先程より音が直ぐ真後ろから聞こえ、これは誰かの足音だと理解するとともに、恐怖心から小走りに変わる。


「っ…!」

勢いよく肩を掴まれ、彼女の足は止まる。声を出そうにも恐すぎて出すことが出来ない。恐る恐る首を回すと、フードを深く被った背の高い人物であった。暗闇で光ったのはよく見れば刃の長いナイフ。それが思いっきり振りかざされ、自分は殺されるのかと目を閉じた。




"バサリッ"

彼女が切り捨てられたのは首でも腕でもない。長い金色の髪の毛であった…











「また起こったらしいよ」

「…また、ですか?」

これで15件目。今だに犯人は見つかっていない。今月の始めから相次いで起こっている事件…髪の長い女性が狙われ、髪の毛をバッサリ切られるというもの。幸い、怪我人も死者も居ない。犯人はただ、髪の毛だけを切って去って行くらしい。背丈や体格が大きく、被害者が低いテノールの声を聞いたという証言から、男だろうと推定されている。一体何の為にそんなことをしているんだろう。…正直に言って気持ち悪い。


「早く犯人が捕まらないと被害者増えるばかりですよね…」

「犯人は逃げ足が早いらしいからね。警察も苦労してるみたい」

私達ボンゴレも、街の自警団として深夜の見回りをするようになった。そのお陰か、ボンゴレ管轄内では一度も被害に遭ったことがない。


「ひなも気をつけなよ。今日、警備当番でしょ?」

「大丈夫です。女の敵なんて返り討ちにしてやりますから」

髪は女の命とまで言われているのに、それを狙う輩なんて許せない。現れたら遠慮なくぶっ飛ばしてやるんだから…!意気込む私の隣で、未だにボスは心配そうにしていた。












『ひなって髪伸ばしてんのか?』

『んー、たまに切るくらいかな。あまり伸ばし過ぎたら邪魔だし』

『…ふーん』

『今度はいっそのことショートにしてみようかなって思ってるの』

肩より上にしてみるのも良いかもしれない。隣の彼は何も言わずに黙ってしまった。


『どうしたの?黙り込んでるけど…』

『…俺は』

『ん?』

『俺は……が……だ』

ごにょごにょと小さな声で話してるから聞こえない。彼に耳を近づけると、その言葉はハッキリ届いた。


『…そう言われたら、一生出来ないなぁ』

言葉では呆れたように言ったけれど、内心はその言葉を嬉しく思っていた。












「1時過ぎか…」

辺りには人っ子一人見られない。唯一の明かりは街灯だけ。暗闇に慣れていないと誰かが居ることには気付けない。ましてやその男は気配を消して来るだろうから…
ふと誰かの気配を後ろから僅かに感じる。もしかしたらその人が犯人なのかもしれない。気付いてないフリをしてゆっくり歩くと、駆け足の音が聞こえてくる。それは次第に大きくなり、まさに私に近付いているようだ。


"トンッ"

肩を叩かれ素早く振り返れば、フードを被った大男。


「覚悟…!!」

足払いをかけよろけた身体に出来た隙をつき、腕を掴んで大きく振り投げる。ドスッと大きな音を立てながら吹っ飛んだ。軽目に投げたから意識はまだあると踏んだ通り、身体を起こそうとした前に銃を構えた。


「動くな。大人しくしてないと撃つわよ」

「…何を言ってるのか意味分かんねぇ」

まさか…。ゆっくりフードが外され私を見上げていたのは、なんとコロネロだった。直ぐに銃をホルダーにしまい、コロネロを起き上がらせる。珍しくも隊服ではなくジャージ姿。恐らくランニングでもしていたんだろう。

「声掛けようとしたらいきなり投げられるからビビったぞ」

「ごめん…!てっきり犯人かと思ったの」

「ああ…あの連続髪切り事件か」

「そう。今警備の真っ最中」

でも一向にそれらしき人居ないけど、と付け足す。


「もし見つけたら遠慮なく本気出すつもりだろ?」

「勿論。女の敵だもん」

笑ってそう言えば、意識失わせる程度にしろよと念押しされた。私だってそんな、殺すつもりなんて更々ないのに。目が本気に見えたのかな?


「!今…」

微かに女性の、悲鳴のような声が聞こえた。私を見て頷いた様子を見る限り、コロネロにも聞こえたらしい。声がした方へ勘を頼りに走り出す。…もしかしたらまだ間に合うかもしれない。
角を曲がり、何処だ何処だと辺りを見回すと、向こうに人影が二つ見えた。暗闇で何かが光る。…ナイフか!


「止めなさい!!」

大声でそう叫ぶと、その男はぎょっとこちらを見てナイフを振りかざすことなく逃げ出した。どうやら未遂で済んだらしい。座り込んだ女性から慌てて走り去る背中を追い掛ける。絶対逃がさないんだから…!


「待て!」

ギアチェンジして加速すれば、あっさり追いついた。追い抜いて彼の前に立ち塞がり、行く手を阻む。方向転換しようとした彼の後ろには、コロネロが立った。


「観念することね」

「…クソッ!!」

ナイフをかざして強行突破しようと、私の方へ勢いよく駆けてくる。…女だからって嘗められてるのかしら?
足でナイフを蹴り上げ、驚いた様子の男に渾身のパンチ。拳を顔面に喰らった男はそのまま身体を吹っ飛ばす。構えたものの、起き上がることはない。どうやら今のであっさり気絶したらしい。フードが取れ顔を表したその男は、想像とは違って弱々しい。


「…大したことなかったな」

その言葉に同意しつつ、何だか不自然さを感じる。新聞では大柄の男と書かれていたけど、そこに倒れてる人は寧ろ痩せ型だ。犯人は他に居る、とか…?


「黒髪にその艶…東洋人か」

人気がして勢いよく振り返った時にはもうナイフが振りかざされていた。


「ひな…!!」

耳に嫌な音が響いた。













夜風に当たって首がスースーする。気付いた時には足元に大男が倒れていた。顔には靴跡がくっきり残されている。


「……」

恐る恐る髪の毛に触れてみると胸近くまであったあの髪が、今は肩に付くか付かないかの長さ。倒れている男の手には、黒髪がしっかり握られていた。


「…嘘でしょ」

力が抜け、地面に座り込んでしまう。あんなに今まで丁寧にケアしてきたのに。せめて髪だけは、って努力してきたのに。彼にああ言われてからずっと伸ばし続けてきたのに…


"ポタ…ポタ…"

涙が頬を伝う。完全に油断しきっていた5分前の自分が恨めしい。


「ひな…」

名前を呼ばれ顔を上げると私が泣いていることに気付いたのか、目を見開いた。私に合わせて膝をついたコロネロは、ジャージの裾を目に何度も押し付けた。
ようやく涙が引っ込むと、彼は優しく私の頭を撫でた。


「また伸ばせばいいだろ?コラ」

「でも…」

「…正直お前がそこまで髪にこだわってるとは思わなかった」

やっぱり女だな、そう言う彼はあの言葉を忘れているのだろうか。


「…忘れたんだね」

「ん?」

「…昔、コロネロが私に言ってくれたこと」

「ひなに言ったこと…?」

暫く考え込んだコロネロは突然思い出したかのように手を叩いた。


「"俺は長い方が好きだ"って言ったやつか」

「…うん」

「!まさか、その理由で…」

驚きを隠せない様子で私を見たコロネロに、思わず顔を逸らす。


「お前…可愛いなコラ」

引き寄せられるように抱き着かれ、肩が大きく揺れた。見上げれば、コロネロは嬉しそうに笑っている。言うんじゃなかった…。


「なぁ、ひな」

「…何?」

「俺はどんなひなでもお前が好きだコラ」

「っ…!」

なんでこんなに恥ずかしい台詞を平然と言えるんだろうか。周りが暗いお陰で顔を見られることはないのがせめてもの救い。
私はただ馬鹿、と小さく呟いた。









(あの…)
((何だ/コラ))
(何で美容院行くだけについて来るんですか?)
((コイツより先に見るためだ))
(…後でも先でも変わらないと思うんですけど)
((大分違ぇ/よ))

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