Love△Triangle
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俺は六歳の時に親に捨てられた。
「私はケン。今日から此処が君の家だ」
笑って俺を出迎えてくれたのは孤児院のおじさん。それでも俺の心は氷のように凍結したままだった。親に捨てられた…その事実をまだ受け入れられなかったから。何を聞かれても答えることなく黙っていた。その時だった。一人の女の子がひょっこり顔を出したのは。
「あれ?君…」
「ああ…ひな。今日から此処で暮らすカイジ君だよ」
「…カイジ君?」
中に入って来た女の子は俺より少し年上だった。俺をじっと見た彼女から逃れるように目を背けた。でもその子はしゃがんで俺と目を合わせた。
「私、ひなって言うの!よろしくね」
そう言ってにっこり笑った。ただ笑っただけなのに…それだけなのに、俺の心は溶かされていくようだった。まるで太陽のように。それでもガキだった俺は、彼女に向かって叫んだ。
「ブス!」
まだ子供だったけれど、言った後に少しの罪悪感が残った。泣くのかな…そう思っていたけど彼女の反応は全く違った。
「初めて喋ってくれたね」
「えっ…?」
ひなはおじさんに嬉しそうな顔を見せ、おじさんも笑っていた。
「別にブスでもいいもん。大人になったら美人になってやるんだから」
そう言って笑う彼女に、俺は初めて恋をした。
「ポー!ちゃんと服着なさい」
五歳のポーの後をひなが追い掛ける。風呂上がりのポーはパンツしか履いてなく、ひながパジャマを持って走っていた。
「あ、カイジ!ポー捕まえて!」
俺に向かって走ってきたポーを抱き抱える。ポーは捕まえられてジタバタしていた。ひなはやってくると、パジャマを頭から被らせズボンも器用に履かせた。
「ごめん。助かったわ」
「しっかりしろ馬鹿女」
「ば、馬鹿?!」
ぷうっと頬を膨らませたひな。俺はそれを見て笑ってやった。
ひなと出会ってからもう7年。その間に此処も大分賑やかになるほど増えた。俺達は全員男の中で、ひなはただ女一人。それでも1番年上の彼女は、まるで俺達の母親のようだ。
俺の恋心はあの日から変わらず、日に日に増していった。それでも素直じゃない俺は、彼女をいつもからかっていた。好きな奴ほど虐めたくなる、ってやつだ。この関係が崩れるのが恐かった俺はひなに想いを打ち明けることなく、胸の奥にしまっていた。それがずっと続くと思ってたのに…
「…お前馬鹿だろ」
「つい、ね」
俺と、同い年のジュンの前で苦笑いするひな。コイツは海軍に喧嘩を売りに行った揚げ句、教育するとまで断言してきたらしい。
「だってあの人達ムカつくんだもん」
「だからってなぁ…」
ひなが頼んできたことは、ひなが海軍に行ってる間に最年長の俺とジュンにチビ達の面倒を見てほしいとのこと。
「まぁ、ひなも悪気はないんだし…協力するよ」
「本当?!ありがとうジュン」
カイジは?と笑顔で聞かれたら引き受けるしかないだろう。
「…男には気をつけろよ」
「大丈夫大丈夫。皆年上ばっかりだし、こんなガキ圏外でしょ」
…コイツには危機感が全くない。もっと自覚してくれ。俺は何か嫌な予感ばかりが過ぎった。
ひなが海軍に行き初めてから二週間くらい経った。いつもひなが帰ってくるのをチビ達と外で待っていた。
「あ!ひなだ」
指差した方にはひなが歩いてこっちにやって来る。でも…
「コロネロさんって意外に優しいね」
「…べ、別にそんなことねぇぞコラ!」
何時もは一人なのに、今日は隣に男が居た。迷彩服を着てるし、恐らく海軍の人だろう。楽しそうに話しながら歩く二人を見て、俺は気が気じゃなかった。
「ひな姉ー!」
駆けて行ったミノをひなは笑顔で抱き上げた。
「おかえりー」
「ただいま」
ミノは男の方を向くと、首を傾げた。
「お兄ちゃん、だれ?」
「俺はコロネロだコラ」
「コロネロ…?」
コロネロという人はひなからミノを奪って、肩に乗せた。
「うわぁ、たかいー!!お兄ちゃんすごいね!」
「そうだろコラ」
それを見た他のチビ達は僕も僕も、と駆け出して行く。一斉に子供達に囲まれたコロネロさんは少し驚いた様子。
「分かった、分かったから。順番にな」
嫌な顔せず、笑顔でチビ達に肩車するコロネロさんを見て、俺はこの人には勝てないと直感的に思った。初対面だけど、屈託のない笑顔、男らしい身体と逞しさ。男の俺ですら尊敬するくらいだ。
ふと、隣に居たひなを見ると、コロネロさんの様子を見て笑っていた。コロネロさんもひなに笑顔を見せていた。この二人…もしかして…。俺の予想はすぐ後になって当たっていたことが分かる。
「ひな姉、コロネロ兄ちゃんとデートなの?」
「っ、子供がそんなませたこと言うんじゃありません!」
ひなは顔を赤くしながらケイに軽く小突いた。何時もは動きやすいようにジャージだったり、ジーンズなのに、今日はスカート姿。全体的に女の子らしい格好だ。その姿に目を奪われるが、それは彼の為だと思うと気分が下がった。
「でもひな姉、いつもよりかわいいよ!ね、カイジ兄」
突然ケイが俺に振ってきた。ひなも俺の方を見つめた。
「…馬子にも衣装だな」
素直に可愛いの一言が言えなかった。それでもひなは笑っていた。
「見てなさいよカイジ。五年後には美人になってやるんだから」
「…いや無理だろ」
「酷っ!」
泣きまねをしながらも笑うひなは俺にとっては世界一の女だった。
「あ!もう時間やばいから行くね。カイジ、チビ達頼んだよ」
「いってらっしゃい!ひな姉」
「行ってきますー!」
手を振りながら走り出すひな。彼女を引き止めるには待てって叫んで抱き寄せればいいのに…。声は喉でつかえ、腕は金縛りにあったかのように動かない。
「じゃあな…ひな」
俺はちゃんと笑えていただろうか。初恋は叶わない…誰がそう言ったかは知らないが、その通りだ。それでも俺はこの心をごみ箱に捨てることが出来なかった。最初で最後の恋…それほど彼女を愛してしまったのだから
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カイジ君視点。