ごちゃまぜ
□きっかけは一杯の珈琲
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「ふぅ…」
ひとまずカップは全て拭き終わった。テーブルでも拭こうかな。今お店は閑古鳥が鳴いてるし…。このお店の経営は本当に大丈夫なんだろうか?おじいちゃんはいつも呑気で笑っているけれど。
"カランカラン"
「いらっしゃいませ」
入って来たのは全身真っ黒の男の人。スラリとした長身にオールバックで、黒いボルサリーノを被っている。帽子の陰から見える目は鋭いけれど黒い宝石のよう。
「何にします?」
「…エスプレッソ」
「畏まりました」
一礼して早速用意に取り掛かる。いつもおじいちゃんが店に立ち、私は洗い物しかさせてくれないけど、いつも真夜中にこっそり練習してきた。誰かに飲ませるのは滅多にないことだから腕が鳴る。
「…じーさんは?」
「あ、おじいちゃんは買い出しに行ってます」
「そうか…」
この人常連さんなのかな?だったら尚更まずい珈琲を飲ませる訳にはいかない。
「お待たせしました。エスプレッソです」
どうぞ、と言って差し出す。どうなんだろうか?ドキドキしながら男の人が飲むのを待つ。
「…見られてると飲みにくいんだが」
「す、すみません!」
お客様の気分を害させてしまった。何たる失態…。
私が沈んでいる間に、彼は一口…また一口と飲んでいた。しばらくするとカップが皿に置かれた。どうやら飲み終わったらしい。
味について尋ねたいけれど、まさかどうでしたかなんて聞けるはずもない。
「…上手かったぞ」
「!本当ですか?!」
「ああ、嫁に来ても良いぐらいにな」
…嫁?!
「俺の所に嫁に来い。毎朝このエスプレッソ煎れてくれ」
「…口がお上手な方ですね」
流石イタリア男。口説き文句は一流だ。
「冗談じゃねぇ。本気だ」
「!!」
彼はいきなりカウンターから身を乗り出した。私は後ろへ下がろうとしたけど、生憎狭い通路だから下がろうにも下がれない。
「…お客様、こちらはそういう店ではありませんよ」
「珈琲屋だろ?んな事分かってる」
「だったら…」
彼の腕が伸びてきて、私の顔に手が添えられた。
「一目惚れした」
…今この人何て言った?
「一目惚れしたって言ってんだ」
「!?」
「二ヶ月前…お前、今日みたいに店番してただろ?」
二ヶ月前、二ヶ月前…。記憶の引き出しを漁ってみると確かにしたような気がする。
「その時もエスプレッソ煎れてくれただろ」
「…すみません。人の顔と名前覚えるのが苦手でして」
お客様は数名来てくれたのは覚えているけど、顔までは記憶していない。
「その時に飲んだエスプレッソが最高に上手かった。それでお前に惚れた」
「…つまり、私ではなく私が煎れたエスプレッソに恋したって事ですよね?」
「最初はそうだった。でも何回もお前の姿見てる内にお前を好きになったんだ」
「…何回も?」
「洗いものしてたから気付かなかっただろうが何回も来てたんだぞ」
彼の黒い瞳に私の姿が映る。
「あの、お客様…!」
「リボーンだ」
「…はい?」
「だから、俺の名はリボーンだ」
お客様とか他人呼びすんじゃねぇ、そう言われた。
「おきゃ…リボーンさん」
「何だ」
「離してくださいませんか?」
いつの間にか両肩に置かれた手。この状態をおじいちゃんに見られたら非常にまずい。
「断る」
「そんな!?」
「…そんなに離してほしいなら、」
一気に近づく私達の距離。もう鼻と鼻がくっつくすれすれの近さだ。
「俺と結婚しろ」
"カランカラン"
「只今…って。何やってんだリボーン!!」
袋を両手に提げて入って来たおじいちゃんは目の前の様子を見て、大声を上げた。
「チッ…」
「お前って奴は…」
「テメェがコイツに近付かせないようにするからいけねぇんだ。名前すら教えてくれねぇし」
「誰がお前みたいな男に可愛い孫を晒すものか。なまえは大事な孫なんだぞ?」
「…ふーん、なまえって言うのか」
おじいちゃんはしまった、って顔をしている。
リボーンさんはお金をカウンターに置くと、背を向けた。
「ああ、そういえば」
足を止め、振り返る。
「…本気で落としに行くからな。覚悟しとけよ、なまえ」
自信満々の笑みを浮かべてリボーンさんは店から立ち去った。私はしばらくぽかんと放心状態のままで、リボーンさんの言葉だけが頭の中でぐるぐる回っていた。
(あ、いらっしゃいませリボーンさん)
(なまえか。…あのクソじーさんは?)
(私がどうかしたかね)
(……何で居やがる)
(お前に隙を突かれない為だよ)