ごちゃまぜ
□あの日のまま
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『…行くの?』
『うん』
そう答えた彼の目には一点の迷いも見られない。もう覚悟を決めたってことなんだよね。…なら私も決めなくちゃ。
『もっと良い男見つけろよ』
『……うん』
『じゃあ、行くから』
本当は別れたくない。後を追いかけて、行かないでって言いたい。
でも彼を困らせたくないから。私は彼の選んだ道を応援したいから。
『さよなら…』
その日、私は自分の想いに蓋をした。
「みょうじさん!」
「どうしたの?」
「此処…計算が合わなくて」
差し出された書類をザッと見渡す。
「此処はね…」
丁寧に教えると、彼は何度も頷いた。
「有難うございます!お陰で分かりました」
「分からないことがあったら遠慮しないでね」
はい、と大きな声で返事をした彼はまだ今年会社に入って来たばかりの新人君。一応此処の課では経験がある方の私をよく頼ってくれる。
「みょうじー、これ頼むわ」
「はい、分かりました」
高校を卒業してからもう10年。あれから彼氏は作ったりもしたけど、あまり長続きもせず、ここ数年は独り身だ。お母さんからは見合いを奨められるけど、私はさらさらする気はない。…本当は、私の心はあの日から止まっているから。
「ふぅ…」
帰り道。辺りは真っ暗で電柱の光だけが頼り。今日は同僚から飲みに行こうと誘われたけど、申し訳ないけど断った。疲労感が半端ないし、何となく乗り気になれなかったから。
我が家であるアパートにようやく着いて、鍵をバッグから取り出しながら階段を上がる。何時もは軽やかに上がれるのに、今日は何時もより動きが遅い。よっぽど疲れてるんだなぁ。ここ最近、連続して徹夜したからかも。今日はもう寝て、明日シャワー浴びることにしよう。
コツコツ…
革靴の音だけが鳴り響く。
「ん?」
遠くの方に誰かが座り込んでいるのが見えた。…なんか私の部屋の前辺りなんだけど。…まさかストーカー?!そんな訳ないか。
念のためすぐに警察に電話をかけられるように携帯を手に握る。
一歩一歩近づくと、見えたのはススキ色の髪の男。その髪に懐かしさを感じながらも警戒しつつ近づく。
ぴたり。
男の前で立ち止まると彼は俯いていた顔を上げた。
「久しぶりだね、なまえ」
「………綱吉?」
彼はうん、と頷いた。顔には確かにあの頃の綱吉の面影が残っている。
「仕事お疲れ様」
「…何か用?」
「話がしたくて」
「私は話すことないから」
綱吉を押しのけて部屋へ入ろうと穴に鍵を差し込み、回し、扉を開く。
"バタンッ"
開いた扉は直ぐに閉じられた。綱吉の手によって。
「…私疲れてるの」
「少し話すだけでいいからさ」
「だから話すことないって、」
"バンッ"
「痛っ」
壁に背中が思いっきり当たった。
「逃がさないから」
顔の横に手をつかれ、私は逃げ場を失った。
「…何が目的なの?私、給料そんなに貰ってないけど」
「…違う!」
声を荒げた綱吉に私はびっくりする。こんな姿は滅多に見たことがないからだ。
「別に俺は金目的じゃない」
「まぁマフィアなら金はあるもんね」
冗談を言っても綱吉は笑ってくれなかった。
「…綱吉?」
「好きだ」
「えっ…?」
「俺はまだ…あの日からずっとなまえが好きなんだ」
私は理解が出来なかった。あの日私から去ったのは貴方でしょう?他の男捜せよ、って言ったのも貴方なのに…
「何を今更…」
「…俺さ、なまえを守る自信がなかったんだ」
目の前の瞳は揺れていた。
「こんな危ない職だからさ、なまえの身に何かあってもおかしくない…俺は怖かったんだ」
「綱吉…」
「でも、」
あの日…覚悟を決めた時のあの目が私を見つめた。
「もう俺は十分強くなった。なまえを絶対に守れるくらいに」
だからさ、綱吉はふわりと笑った。私が一番大好きだった顔で。
「…もう一回、俺にチャンスをくれませんか?」
「遅すぎ」
「えっ?」
「…遅すぎるよ馬鹿!!」
私がどれくらい貴方を想い続けていたか分かってる…?他の誰とも長続きしなかったのは、綱吉が何時も私の心に居続けたからなんだよ?
「もしかして…なまえ、もう…」
「…勘違いしてるみたいだけど、私結婚してないし、誰とも付き合ってないから」
ホッとしたように息をつく綱吉に私は勢いよく抱き着いた。昔なら少し傾いたりしたのに、今は全く動じなかった。
「…もう二度と離さないでよ」
「離せって言われても離さないけど?」
私達は笑いあってどちらともなくキスしあった。十年来のキスは涙に濡れてしょっぱかった。
(今日から此処で生活するなまえだよ)
(お前…!)
(獄寺達…久しぶり!)
(だ、抱き着いてくるんじゃねぇ!!)
(…隼人?)
(じゅ、十代目!違います!これはコイツが…!)