ごちゃまぜ
□ごまかせない心
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「打ち方…始めっ!!」
一斉に銃声が鳴り響く。全員が連続三発打ち終わった所で的を見て歩く。
「頭、肩に一発。もう一発は外れてるぞコラ」
一人一人見ながら、声を飛ばす。殆どが頭に一発だけ。マシな奴はもう一発掠っているぐらいだ。最後の奴の的を見て目を見開く。…相変わらずだなコラ。
「…心臓に全発的中だコラ」
俺がそう言えば、周りから歓声が沸く。本人はペコペコ頭を下げながら、次の番の奴の為に後ろへ下がった。
ソイツの名前はなまえ。両親は共に日本人だが、イタリアに移住しているため、生まれも育ちもこの国だ。この軍で唯一の女(ラルは元上官だが、今はボンゴレに入ってるしな)。だがただの女じゃない。生まれもった天性の運動神経に動体視力、戦闘センスを兼ね備え、隊員達の中でもトップの戦闘力を誇る。謙虚で思いやりのある、明るい人柄な為、周りの奴らから妬まれたりしていることはないようだ。俺にとって彼女はただの部下。気配り上手で行動力のある使える奴…ずっとそう思ってきた。だから女であることも全く意識してこなかった。
なかなか寝付けなかった俺は、トレーニングでもするかと決断しジムへと向かった。
「ん…?」
ジムに明かりが点されている。…誰かいるみたいだな。そっと扉を開くと中に居たのはなまえ。ランニングマシーンに乗っていた。一歩近づくと気配を感じたのか振り返った。
「コ、コロネロ長官?!」
直ぐにマシーンを止めようとしたなまえを制す。
「俺のことは気にするな。続けてろコラ」
「はい!ありがとうございます」
お辞儀をするとまた顔を戻して前を見つめていた。俺は近くに置いてあったダンベルを持ち上げ、腕を曲げては伸ばしを繰り返しながら走りつづけるなまえの姿を見つめた。
汗を飛ばし息が上がっているが、フォームは乱れずに安定している。そういや、なまえが息を乱すのはあまり見たことがない気がする。手を抜いてる様ではないが、どんなに走っても、泳いでも、涼しい顔をしていた。それはきっと鍛練の積み重ね故だろう。よくジムで見かけるが、恐らく毎日訓練後に来ているし、朝も誰よりも早く集合している。才能ある者が努力をするんだから磨きがかかるのは当然か。
30分くらい経ち、マシーンから下りたなまえはベンチに置いてあるタオルを首にかけ、腰掛けた。
「どれくらい走ったんだコラ」
「50kmくらいかと…」
「何時もそれくらいか?」
「多い時は80くらいですね。今日は片付け当番で時間が遅かったので」
手元近くのペットボトルを取り、キャップを開けて一気に口に含む。頬がほてり、髪が汗で顔にくっついている姿は何時もと大分違ってれっきとした女に見えた。それ以上直視出来ずに目線を反らす。
「コロネロ長官?どうかなさいましたか」
「…何でもねぇ」
首を傾げたなまえは立ち上がると俺の傍へやってきた。
「嘘は駄目ですよ」
「…はっ?」
「コロネロ長官が悩んでいることくらい分かりますよ。私は貴方の部下なんですから」
"部下"…その言葉が強く胸に突き刺さる。言われなくても俺は上官でなまえは部下の一人。それ以上の関係ではないのに、俺を上司としか見てないことが何故かショックだった。
「私じゃなくても他の人にでも相談してくださいね。コロネロ長官、溜め込む人ですから」
「…なんでそこまで分かるんだコラ」
疑わしげに問うと彼女は笑って答えた。
「コロネロ長官のこと…ずっと見てきましたから」
それはどういう意味なのか。口を開こうとした時、床に置きっぱなしのボールに足を滑らせ、彼女は床に倒れた。
「なまえ!!」
「転んだだけですから…大丈夫です」
苦笑いし立ち上がろうとした彼女は、立ち上がれずに尻餅をついた。
「足…捻っただろ」
「そ、そんなことないです!」
「…見せろ」
嫌だと抵抗する両手首を掴んで片手で靴と靴下を脱がせる。案の定…踝の近くが赤く腫れ上がっていた。
「…すみません」
「謝るなコラ。放置してた奴が悪い」
膝の裏に手を入れ、背中にそっと手を添える。キョトンとしているなまえを余所に、俺はそのまま立ち上がった。
「俺の部屋まで行くぞ」
医務室はこんな夜中に空いてないし、なまえの部屋よりも俺の部屋の方がすぐ近くにある。骨は折れてないようだから捻挫だろう。それくらいの処置なら俺だってできる。
「ちょ、長官!歩けますし大したことないですから!」
「お前なら放置しかねないからな。捻挫を甘く見てたら後が恐いぞコラ」
俺達とタメ張ってるとは言え体つきは華奢だ。細い腕と足が目に止まる。ふと、終始黙っていることに気付き、俯く顔を覗き込んだ。
「見ないでください!!」
顔を手で覆ったが、もう遅い。指の隙間からも赤らむ顔がしっかりと見える。
「…長官最低」
「仕方ねぇだろ?気になったんだコラ」
いきなりそんな顔されたらこっちまで動揺してしまう。さっきの姿といい、今の顔といい、女にしか見えない。意識し始めれば止まらなくなる。俺が今担いでいるのは部下じゃない。一人の女だ。それもどこか特別な…。いや、違う。そんなんじゃない。今までずっと俺の部下として接してきたじゃねぇか。それを今更なんでこんな風に。
そのまま二人とも無言で部屋に行き、ベッドにそっと座らせた。救急箱から必要なものを取り出してなまえの前に座ると、お願いしますと声が聞こえて足が出された。緊張で手が少し震えながらもなんとか処置を終わらせた。沈黙の空気が重たくて、箱を閉じた俺はなまえの隣に座った。
「なぁ…」
「は、はい」
「…さっきのは男慣れしてないからだよな」
わざと遠回しで聞いてみた。これでもし"いいえ"と答えたら…
「…違います」
「!?」
「男慣れしてないからって訳じゃありません」
俺を見上げるなまえはまるで凛と咲く花のよう。強い意志がそこには見えた。
「…コロネロ長官だったから」
小さく呟いたその声はちゃんと俺の耳に届いた。
「…すみません。忘れてください」
急いで立ち上がったなまえは足を引きずりながら扉へ向かおうとした。反射的に手が出たのは無意識だったんだろう。
「…忘れてたまるかコラ」
振り返ったなまえの目は潤んでいた。それが益々俺の心臓を高鳴らせる。
「期待しても良いんだよな?」
否定も肯定もせずになまえは逆に俺に尋ねてきた。
「…コロネロ長官はどうなんですか?」
何て言葉にすれば良いんだろうか。今まで女として意識してこなかったが、今日自覚し、強く彼女に惹かれていることにも気が付いた。ただの気まぐれなんかじゃねぇ。本当はずっと前から…
「俺は…」
変に飾り付けた言葉は俺には合わない。俺にはこっちの方が合っているだろう。
「…なまえ」
彼女を傍のベッドに押し倒すと、深く口づけをした。なまえがどんな気持ちでいても関係ない…ただ俺の心を全て彼女に打ち明けたい、それだけだった。角度を変え、何度もキスをすると、最初は胸を押していた力も弱まり、彼女から吐息が聞こえる。それに身体中が熱を帯び、ぶるりと震えた。
いつまでこの状態だったんだろうか。そっと唇を離すと、頬を紅潮させたなまえは息を調えながら俺を見上げた。
「…強引ですね」
「俺らしいだろコラ」
なまえはゆっくり身体を起こした。
「長官の気持ちとして受け止めても…良いんですよね?」
不安げに目の前の瞳が揺れている。
「…ああ」
たった一言、そう言っただけで彼女の顔は綻び、目からは涙が落ちてきた。手でそっと拭ってやり、優しく問い掛ける。
「お前は?」
「…わかってるくせに」
「お前から直接聞きたい」
一瞬戸惑いを見せたけれどなまえははっきりと俺の目を見つめた。
「コロネロ長官を愛しています」
言った後にすぐ下を向いた彼女が愛おしくて強く抱きしめた。背中にそっと腕が回されたのを感じる。
「俺も愛してる。一人の女として」
最初から俺はコイツが好きだった。でも彼女を女として見ないよう何十回も言い聞かせてきたからその気持ちが霧の中に隠れてしまったらしい。でも霧はいつか晴れる。空には太陽があるのだから…
(((コロネロ長官おめでとうございます!)))
(…何がだコラ)
(惚けないでくださいよ。やっとなまえちゃんと付き合えたんでしょう?)
(長官の気持ちバレバレですからね〜。何時も見てたじゃないですか)
(………てめぇら、グラウンド百周してこい)