リボン先輩と私

□27日
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「唯ー!打てよコラ!!」

「沖田頼むぞ!」

応援してくれるチームメートにガッツポーズを見せて投手を睨む。
今は三限の体育の時間。ソフトボールをやっている。敵チームは隣のクラスだから更に皆の対抗意識が強い。勿論負けず嫌いの私も同様に。
現在試合は9回裏2アウト。5-7で負けている。ランナーは三塁と一塁に居る。つまり私が打たなきゃ負けは決まりなのだ。
相手のピッチャーは打たせたくないだろうけど、私が女だから躊躇ってるように見える。でもチームメートから打たせるなって叫ばれてるから全力を出さなければ、と考えているだろう。私はバッドを構えてただボールだけを見据えた。ピッチャーの指からボールが放たれる。さっきの打者の時よりも遅い球だった。女だから手加減されたのかしら?だったら遠慮なく…






"カッキーン"

打った球は大きく飛び上がった。みるみる間に野球場から去っていく。


「ホームラン…」

キャッチャーがぽつりと呟いたのが聞こえた。


「サヨナラ勝ちだ!」

「よくやった!!」

チームメートが喜んでいる中、私は小走りでベースを次から次へ踏んでいく。ホームベースに帰ると、笑顔で皆が出迎えてくれた。私も自然と笑みが零れた。


「唯!でかしたなコラ!」

拳を突き出したコロネロにコツンと拳を合わせる。


「でも相手が手加減してくれなかったらやばかったかも」

「あれだけ打てたら十分だコラ」

一方は喜び、もう一方は沈んでる中、審判役の先生が私の方に近付いてきた。


「沖田。なかなか筋良かったぞ」

「本当ですか?」

「ああ。野球部に歓迎したいくらいだ」

そこまで褒めてもらえて嬉しい。でも一気に突き落とされる言葉が口にされることになる。


「ああ…お前が打ち上げたボール、拾ってこいよ」

「へっ?」

先生の手が私の肩に置かれた。


「MVPの副賞だ」

「…先生、その親指折ってもいいですか?」













「ボール君ー!何処居るのよ」

当然だけど彼からは返事がない。ため息をつきながらも草むらをガサガサ探る。見つかるのは空き缶やお菓子のゴミだけ。…この学校汚いなぁ。飛ばされていたビニール袋にゴミを入れながらボールを探し回る。


「もう…出てこーいボール君!!」












「何だ」

「…えっ?」

まさかボールが喋った?声がした方に目を向けると、ただの男子生徒だった。でも彼の手には私が捜し求めていたもの。


「あー!それは…」

「ん、これか?さっき拾った」

「良かったぁ…捜してたんですよ」

彼がボールを差し出したので手を伸ばす。






"ひょいっ"


「…返してください」

「タダでか?」

彼はニヤリと笑い、眼鏡を指で押し上げた。…この人性格悪いな。殴り飛ばしたいところだけど、彼の学ランのバッジが見えてぐっと拳を抑えた。三年だから一応ね。



「…何がご希望ですか」

「君、一年の沖田唯だろう?」

「そうですけど…」

まぁ一年には私しか女子居ないし名前を知られていても驚かない。



「こんな男子だらけの学校によく入って来たな」

「何が言いたいんですか?」

先輩は一歩一歩近付いてきて私を見下ろした。



「そんなことをするのは、ただの男好きか馬鹿だけだ」

「…それ私のこと言ってるんですよね」

彼は否定も肯定もせずに怪しく笑うだけ。…これは先輩扱いしなくて良いみたいね。


「…あんまり女嘗めてたら痛い目見ますよ?」

右手を素早く振りかぶる。












"パシッ"

手首が強く握られ、振り切ることが出来ない。…甘く見すぎたか。



「女の力なんて所詮弱い」

「…本当にそうですかね」

気を遣ってない足を狙って足払いすれば彼は見事に身体を傾けた。同時に私の手首を手放す。尻餅をついた彼を見下ろす。



「先輩だからって加減しませんよ。喧嘩を売ってきたのはそっちなんですから」

ジャージを腕まくりし、戦闘態勢に入ると彼は冷や汗をかきながら退いた。



「ま、待ってくれ!私は文化系なんだ。戦闘は全く駄目だ」

さっきとは打って変わった様子だ。でも本当みたいだし…私は構えを解いた。



「…君は変な女だな」

「そんなに殴ってほしいなら喜んでやりますよ」

「ち、違う!そういう意味ではない。ただ…」

彼の眼鏡がキラリと光った。





「実に興味深い対象だ」

「対象…?」

「そう、研究対象だ」

この人は何を言ってるの?ハッキリ言って気味が悪い。身体を起こすと一歩一歩近付いてきた。彼のオーラも表情も…なにもかもが嫌な感じがして、一歩一歩後ろへ下がった。



「…私には何もありませんよ」

「いや、私の目に狂いはない。君は何かがある」


後ろをちらりと見れば背中の後ろはもう壁。どうやって切り抜けようかな…



「あっ!未確認生命物体」

指で先輩の背中を指し示せば、簡単に騙されて振り返ってくれた。尻餅を付いた時に手放したんであろうボールを拾って駆け出す…つもりだった。











「逃がさないぞ」

さっきの二の舞にならない為か、強く腰を引かれた。遥か上にある眼鏡の奥の目とカチリと目線が合う。吸い込まれそうなくらい真っ直ぐで…












「…オイ」

その声に我に帰った私は力が緩んだ隙に先輩を突き飛ばした。一息ついて首を回すと、何故かリボン先輩の姿。


「どうして此処に…」

「唯は早く戻った方が良いと思うぞ。アイツが苛々してる」

「え、マジですか!?やばいっ!!」

たかがボール一個の為にこんなに時間がかかってるんだから怒って当然かも。でも、


「まだケリがついてないんですけど…」

ちらりと先輩を見ると、リボン先輩はああ、と納得したみたい。


「俺がつけとくから行け」

「…よろしくお願いします」

先輩に任せるのはアレだけど、もうこの先輩とは関わりたくないから素直にお願いした。リボン先輩に深々と頭を下げて、緑の先輩を一瞥して私は野球場へと駆け出した。












「…ヴェルデ。いい加減にしやがれ」

「せっかくの研究対象を…」

「唯をそんな目で見るんじゃねぇ」

俺が睨みつけると、ヴェルデは目を見開く。



「…また同じようなことがあったら承知しねぇからな」

「お前にしては珍しいな。一人の女に執心か」

「…変な口きいてっとただじゃすまねぇぞ」


これ以上コイツの傍に居たら何かしてしまうだろうと予感した俺はヴェルデから背を向け歩きだした。











「…やはり面白い女だ」








(唯。遅いぞコラ)
(ゴメン!捜すのに手間かかっちゃって…)
(もう四限始まってるぞコラ)
(本当だ…。…ねぇコロネロ、サボり隊結成しない?近くのカフェでも)
(…お前のせいだからお前持ちな)
(勿論です!隊長)

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