日頃の感謝をこめて

□春色笑顔、大輪咲いた
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会議場に到着した時には、既にこんな状況になっていた。


「パスター、パスター!」と、ほわほわオーラを漂わせているのは、スーツに身を包んだ最愛の人――菊。
元義弟や隣国たちの困り果てた顔と、ルートヴィッヒにどやされるフェリシアーノ。奴は困惑した表情でロヴィーノと顔を見合わせる。
ホスト国であるバッシュは何とも言い難い表情を浮かべ、シャーロットは目をキラキラさせながらカメラを構えていた。


彼女の周囲だけ不思議な空間が漂っている。例えるならそれは春。色とりどりの花が舞っているようだ。
普段は決して表情を現さず抱え込んでしまうのに、今日の彼女はめずらしい。喜怒哀楽がはっきりしてる。


イヴァンとアルフレッドが近づけば、これでもかとわんわん泣き叫ぶ。
枢軸+裏枢軸メンバーには何の抵抗なく打ち解け、楽しそうに談笑していた。


そして何より――



 「アーサーさんっ!」


 「うぉぉおお!?」



アーサーを発見した菊は、即座にこちらへ文字通り『突撃』した。スキンシップが苦手な彼女からの、盛大な抱擁である。
あまりにも急すぎて心の準備など全くできていなかったアーサーは、そのまま勢いに任せて倒れ込んだ。
しかし紳士としての誇りはかろうじて発動・彼女に埃をつけるという失態はしなくて済んだ。それにはホッとする。


現状は、菊がアーサーを押し倒しているような構図に見えなくもない。


……正直この体勢は、色々とマズイのではないだろうか。
見様によっては彼女が自分を誘っているようにも取れる。いやいやちょっと待ってほしい。


今は真昼間だし(いや別にいいけど)、会議が始まる数十分前だ。
いくらエロ大使でも、「公私はきっちり分ける」――それは紳士としての常識である。
理性は崩壊寸前だ。無論、このスキンシップはあまりにも刺激的過ぎたのである。


何事かとドキマギしていたが――よくよく見ると、何やら違和感。


――くるん、だ。


イタリア代表・ヴァルカス兄弟、むしろヘタレのトレードマーク。
頭がお花ちゃんを地で行くようなフェリシアーノに生えているものと、同じタイプ。
あり得ぬものの所在を確認した瞬間、アーサーはすべてを理解する。彼女の身に何が起きたかを。


それを確認するために一発ヴァルカス兄弟にガン飛ばしてみて、返ってきたリアクションで確信した。
イタリアの化身たちが「俺のせいじゃねぇぞコノヤロー!」「うわぁぁん、ごめんなさいぃぃ!」と叫んでルートヴィッヒの背に隠れる。



 「……菊」


 「なんでしょうか、アーサーさん?」


 「……お前、イタリア行ってきたのか?」


 「はい! 観光で数日ほど滞在してました〜♪」



小春日和まっさかり。それを表すようなほわほわとした笑顔に癒される。
けれど同時に、自分の確信が見事に的中したことに、なんとなく疲労を感じたのは気のせいではない。


この状態の彼女は、こういう会議のような公の場所では完全に役立たずと化す。イタリアの化身と同レベル並みに。


辛うじてヴァルカス兄弟よりは仕事の話がしやすい方だといえど、やっぱりダメなものはダメなのだ。
バッシュにこっそり視線を送れば、奴は致し方ない、と言いたげにため息をついた。そして一言、「今日の会議は来週に延期なのである」と宣言した。


イヴァンとアルフレッドは相変わらず冷戦しながら資料をまとめて退出した。耀が菊に声をかけようとして、あっという間に梅華とククリットらに連行される。
何かを察したヴァルカス兄弟とルートヴィッヒは、状況を理解できず彼女を呼ぼうとしたギルベルトの腕を抱えて出て行った。他の面々もぞろぞろと会議場を後にする。
その様子を菊はきょとんと見つめていた。「みなさんどうしたんですかねぇ」と朗らかに笑いながら。状況は理解できていないらしい。


アーサーが体を起こした瞬間、再び菊が抱きついた。甘えるようにすり寄ってくる。
「アーサーさん、大好きです♪」――嗚呼、なんて甘美な響きなのだろう。愛おしさがこみあげてくる。


寄せられた温もりは離れることを知らないし、離れたくないと切々に伝わってくる。
菊は普段あまり甘えてくれない。だからこそ切羽詰まった時の様子は痛々しいものがある。
けれど今、彼女は笑っていた。まるで雨上がりに差し込む陽光のような、きらきらとした笑顔で。



 (……来週には、元に戻っちまうんだよなぁ)



……ちょっともったいない気がしたけれど、仕事を円滑に進めるためには致し方ない。
この1週間は楽しんでみようかな――なんて、ちょっと邪なことを考えた。


なんせ、こういう時に菊の面倒を見る役目は、アーサーだけの特権なのだから。










彼女はとても染まりやすい。良い意味でも、悪い意味でもだ。けれど染まりやすいように見せかけて、逆に相手を飲み込んでしまう。
それほどのしたたかさとバイタリティを持っている化身だということは、長年の付き合いで知っていた。


……現状を見ると、完璧に「染まっている」ようにしか見えないけれど。


お花ちゃんオーラをまき散らす彼女。滅多に見られないような、幸せそうな微笑だ。
いつもの控えめな微笑も可愛いけれど、やはり、たまに見せる満面の笑みに勝るものはない。
そんなことを考えながら夕食にスプーンを伸ばしかけた刹那、



 「アーサーさん、はい。あ〜ん」



吹いた。盛大に吹き出した。


菊の手が持っているスプーンは、先程彼女がビーフシチューを食べるために口をつけたものだ。
つまりはスプーンを介したマウストゥーマウス、もとい間接キスである。何の意識もしてないからタチが悪い。
咳き込んだアーサーをきょとんとした表情で見つめる菊。純粋すぎる瞳がかえって怖かった。


スプーンの上にはビーフシチュー。乗っているのは恐らくニンジンだろう。
理性と本能が激論を繰り広げた後、アーサーは菊の好意を受け取ることに決めた。


そのまま一口、ぱくり。ちょっとだけ気恥ずかしい。





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