*堺の場合*
「堺さん、何かクサい事言って下さいよ」
はぁ?と思って、世良より少しちっこいガキを見る。おっきい目しやがって、チクショウ、可愛いなお前は。絶対言えねーけど!
「何でだよ。色々と何でだよ」
「何話してるんスか?」
そこへ赤崎がやって来た。どういうタイミングだ。
「赤崎くん。堺さんに、何かクサい事言ってもらおうと思って」
「何で堺さんに?ってか何でクサい事を?楽しそうだけど」
「うん?なんか1番言わなそうなイメージだから」
言わないんじゃなくて言えねぇんだよ、とギロ、と2人を睨みつける。
「俺で遊ぶなんていい根性してんじゃねぇか」
「イイじゃないスか、言ってみて下さいよ。あ、クサいって加齢臭の事じゃないですよ」
「お前って本当、人の頭の血管切らせるのうめーよな」
すでに2本はプッツンしてる気がする。つーか加齢臭漂わせる言葉って何だ!ナメてんのか!
「お願いします堺さん、ホントに1回だけ…っ」
はぁ、とため息をつく。何だこの可愛いおねだりは…。
「わーったよ、マジで1回だけだからな」
「やったー!ありがとうございます!やったね赤崎くん!」
「いや俺は嬉しくない」
赤崎の野郎はムカつくがしかし、こいつが喜ぶのならと腹をくくる。そうだ、いつもこいつに甘い言葉の1つもかけられないのだから、ここで、今!言ってみるのもいいかもしれない。
期待の眼差しでこっちを見ている事に気恥ずかしくなりながら、咳ばらいをする。
「…アー……その、だな」
思っていたより恥ずかしい、が、ここで言えなきゃマジでなんて言えねぇ。
「……お前、来月誕生日だよな。うん、まぁ、だから――俺の苗字を、お前にやるよ」
大事にしろよ、これから一生、堺なんだから。
照れながら、目の前の惚れた女に伝わればいいと言ってみる。
が、こいつも赤崎も、しーんと黙り込む。
「………」
「…オイ、」
「…ぽえっ」
「オイコラなめてんのかコルァ!」
こいつ、俯いて吐くそぶりをしやがった!え?っていうかそぶり?マジか、マジで吐きそうでやったのか!?
っつーか「ぽえっ」って何だよムカつく可愛い!
「ほー…!ご期待にそえてやったのにぽえっ、って何だコラ?ア?」
「い、いえいえそんな…そぉんな…」
「オイ、俺に視線を合わせろ。俺に視線を合わせろ」
そこでまぁまぁ、と赤崎の奴が珍しく間に入ってきた。
「まぁ堺さんはほぼツンだからデレを見せ付けられると免疫がなぽえっ」
「お前ら絶対許さねえ」
「わかるよ赤崎くん。なんていうかこう…ツッコミもぼかしたくなるというかツッコミでごまかしたいというか」
「そう。お腹痛いんですか?とか」
「異次元に行っちゃったんですか?とか」
「しずかちゃんですか?とか」
「お前ら俺を陥れる打ち合わせでもしてたんだろ!?」
その帰りに、赤くなりながら「でもその苗字が欲しい…かもしれない」と呟かれて、俺のすべて切れた血管はものすごい勢いで回復した。