デンヒョウ

□バレンタイン
1ページ/1ページ


「チョコ、くれないのか?」

「は?」


この人は一体何を言っているのだろうか?
思わず読んでいた雑誌から目を離し、彼を凝視してしまった。
彼はと言うとそんな僕を気にする様子もなく只、暇そうにテレビを眺めている。
しかし特に興味があって見ているようでは無さそうだ。テレビの中ではこの日に相応しい内容のドラマが繰り広げられているようで丁度ヒロインが夜な夜なチョコを作っている場面を映し出していた。世の中の女の子達はこんなに頑張っているのか、そうやってぼうっと考えていると過去に貰った手作りのトリュフを思い出した。少し形が悪かったっけ。

―バレンタインデーか。
そういえば、今日はヒカリちゃんやナタネちゃんにチョコを貰ったんだったな。僕も彼女らにチョコを貰いながら関係ないとこの日に対して無関心になっていたようだ。しかし彼がバレンタインデーを楽しみにしていたなんて少し意外だった。


「デンジさんもヒカリちゃんたちに貰ったでしょう?まだ欲しいの?」

「貰ったけど、お前からの方が良い。」


流石スター。女の子なら顔を真っ赤にするような台詞を恥じらうことなく言う彼には毎度のように感心してしまう。
だがそれはあくまでも男としてだ。
僕からすればそんな言葉、そこらに浮いたハウスダスト並みに軽すぎて心にすら響かない。


「残念ながら買ってないんだよね。だから諦めてよ。」

「やだ。」

「無理。自分チョコ流行っているようだし、自分に買ってみれば?」

「もっとやだ。」

「我が儘言わないでよ。」


なんて言いながら再び雑誌に目を移す。
雑誌の中では石の魅力を語るホウエンのトレーナーが大々的に取り上げられていて思わず目を奪われた。僕とは少し趣向が違うが何処か通じるものを感じる。きっとこの人と話したら楽しいだろうな。


「そいつが好みなのか?」

「やきもち?」

「して欲しかったのか?」

「いや。」

「可愛くねーな。妬いてるとでも言えば直ぐにでも抱き締めてキスくらいしてやんのに。」

「デンジさんはしつこいから嫌。」

「お前…恋人に言うことか?」

「だって本当のことだし。」

「うわー、傷ついた。」


ヒョウタくんひどいデンジきずついたなー、彼の口からさっきのハウスダスト並みに軽い言葉よりさらに軽い言葉(ってなんだろう。)がひたすら繰り返される。テレビ見ていたんじゃないの?と心のなかで毒づいたがそんな思いは彼に届く訳もない。彼はと言えば言葉は変わっていたものの未だにぶつぶつと呟いていた。
全く面倒くさい人だ。
雑誌をパタリと閉じテーブルの上に置いて、「デンジさん。」と呟いた。機械的に彼の口から発せられた呪文が止み僕を見た。


「ん?」


今だ。
彼の薄い唇に向かい近づき、そして重ねる。そこからは彼も状況が分かったようで僕の腰に手を回し、深くキスをしてきた。僕も彼に流されまいと首に手を回しひたすら舌を動かす。しかしその行為はどちらともなく終わり唇同士を離せば軽く糸を引いた。


「妬くわけないよ、貴方には僕しか見えてないんだから。」

「自意識過剰じゃないのか?」

「まさか。それならチョコなんてねだらないでよ。」

「それは出来ない。」

「ねぇ、本当にチョコないんだ。だからこれで勘弁してよ。」

「これって、…今のじゃないだろうな?」

「そのつもりだったけど?」

「足らねぇ。」


そう言って彼は僕の首に顔を埋め唇を這わせた。要はそういう事をするのだろう。

首筋から感じる甘い感覚にぞくりとしていると視界に先程のドラマが映った。全くストーリーは分からないもののチョコを作っていた女の子は男の子の隣で笑っていた。きっと無事に結ばれたのだろう。
羨ましいな。そんな思考がふと脳裏を過った。


「…ねぇ。」

「…ん?」

「明後日また来てよ。…チョコ作るからさ。」


「…ん、期待してる。」


僕の気の変わりように何か言われるかと思ったが彼はそれだけ言って首に軽くキスをするとそのまま僕をソファに倒した。


少女漫画を夢見て


チョコあげるからデンジさん以外見えないようにしてよ。

20120213

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ