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□メランコリックな二人
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どこまでも高い真っ青な空に、だだっ広く広がるいわし雲。街路樹の葉も山吹色に染まり、東京も、こっくりと秋が深まったある日。


「もう秋ですねぇ。人肌恋しくなる季節です」


いつものように原稿に向かいながら、私がアシスタントを勤める先の漫画家がぽつりと漏らした。


その漫画家とは週刊誌で人気連載中の天才漫画家『新妻エイジ』


奇跡の高校生とまで謳われ漫画界を震撼させた彼も今や26歳。


私より3つも年上なのに、普段の剽軽さや落ち着きの無い行動に私はいつも本当に年上なのかと疑ってしまう。年齢詐称の疑いあり。


小学生の頃の初恋以来、恋愛も経験していないと以前、聞いた事がある。


もしそれが本当ならば彼は26歳にして未だに…


童t…

「愛子さん、こっちもベタお願いします」


「ひぁあっ!?Σ///」


突然、声を掛けられ必要以上に驚いてしまい変な悲鳴をあげてしまった私に、彼…新妻先生が目を丸くして私を見下ろしていた。


「ど、どうしたです?」


「あ、いえ、すみません…ベタ追加ですね」


私は、つい先程までよからぬ事を考えていた脳内をリセットするように頭を振って、新妻先生の手から原稿を受け取った。


「…愛子さんは秋好きです?」


「はい?」


新妻先生の突飛な質問に私は頭上の彼を仰ぎ見た。


ニコニコと屈託の無い笑顔で私の回答を待つ新妻先生。


本当に、


この人は、大人なのに、少年のようだ。


「…秋、ですか…どちらかと言えば好きじゃないかもです。なんか寂しい感じがして…」


「寂しい、ですか…」


新妻先生がボソッと私の台詞をオウム返ししている。


「夏の積乱雲は一変にして、スカスカのいわし雲に、あんなに騒がしかった蝉しぐれも、物悲しい鈴虫の音に変わっちゃいますし、物憂いた感じが何とも寂しいんですよねぇ。まあそれが情緒があっていいと言う人も居ますけど…私はあまり…」



「おおっ!それ分かるですっ!僕も秋になるとメランコリックになるです」


新妻先生が頷きながら私の眼前に、ずいっと顔を近付けてきた。


その剰りに近い距離に私は喉を鳴らし息を飲んだ。


にしても…メランコリックって…。新妻先生が?


私は思わず、ぷっと噴き出してしまった。


「なんで笑うですっ!?Σ」


「いえ、すみません…///だって新妻先生にメランコリーって…一番似合わないでしょう」



ヒドいですーっ!、新妻先生の膨れっ面が紅く染まる。それはまるで、秋の紅葉に色付いた美しい木々のようで。


子供のように無邪気な表情に、私は少し、意地悪を仕掛けてみたくなった。


「でも何です?急に…さっき言ってた人肌恋しくなるって話と関係あるんですか?」


すると新妻先生はピタリと静止して、いえ、少し聞いてみたかっただけですけど、と平然と返してきた。


『少し聞いてみたかっただけ』───


私はその本意が知りたくて、冗談混じりに口を開いた。


普段なら絶対に口にしないような言葉。


子供のような新妻先生だから言えるのだろうか、




「人肌恋しいなら、私が温めてあげましょうか?」






なんちゃって……///、私がへらりと笑いながら新妻先生の顔を見ると、いつになく真剣な表情の彼と視線がかち合った。


ズク、ン…



…え、そんな真顔…、冗談なんですけど…


彼の見開いた大きな瞳が、私の心臓をドクンと射抜く。


「…今のホントーです?…と言うか、ジョーダンだったとしても…嬉しいですけど///」




…え?




視線を落とし俯きがちに真っ赤な顔をしてポリポリと頭を掻く新妻先生に、私は何故か胸が高揚し、さっきの言葉を後悔した。




新妻先生じゃないけれど、



ああ…、今年の秋は、どうやらメランコリックに過ごす事になりそうな予感。



『人肌恋しくなる季節』


『私が温めてあげましょうか?』




二人が放った何気ない一言が、憂愁の秋を運ぶ────




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