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□スイートサイレント
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季節が夏から秋へ変化するこの季節。


少し前まで蝉しぐれが盛んに降り注いでいた公園には、鈴虫の音色が小さく奏でられている。


公園を突っ切って、一日の労力を使い果たし、へとへとに疲れきった身体で私はエイジの待つマンションへ向かっていた。









パタン、


「ただいまー」


彼が居るはずの仕事部屋へ入ると、机に向かい漫画を描くエイジの丸い背中が目に映る。


変わらない光景に、安堵する。


ヘッドフォンを装着しているからか私の帰宅に気付いてないようだ。


私は、そっと後ろから近付くと、


「お帰りなさいです」


背中を向けた儘、呟くエイジに私は吃驚して声をあげた。


「なんだ気付いてたの」


「音楽聴いてませんから」


エイジは、くるりと身体を捩って、スチャッとヘッドフォンを外しながら答えた。


「ヘッドフォンしてる意味無いじゃん…」


「音楽聴いてなくても夜中はコレしてないと調子出ないです」



あそ…、私は軽くあしらって水を飲もうとキッチンへ向かった。


「疲れてるみたいですね。今の仕事、キツいです?」


冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出していると背後からエイジの声が聞こえる。


「うんー、まあね…」


正直、怠い今は愛するエイジであっても剰り喋りたくなかった。


人と会話する事すら面倒になるなんて、私、保つかな…。今の会社。


グラスに注いだミネラルウォーターをごくごくと一気に飲み干す。


「はー、…だる…」


グラスを流し台に置いて、くるりと後ろを振り返るとすぐ目の前にエイジが立っていて私は驚いて悲鳴をあげた。


「きゃっΣな、何よっ音も無く人の背後に立たないでっΣυ」


エイジはポリポリと頬を掻きながら、あのですね、愛子さん…、話し掛けてきた。






「…怠いのは、ゆっくり出来るって事ですよ?」





「…は?」






一瞬、エイジの言っている意味が解らず、私は怪訝な顔つきでいると、ふあぁ〜と欠伸をしてエイジは、眠いです、と一言漏らし、仕事部屋から出ようとしていた。


途中でクルッと振り返り、



「僕、もう寝るですけど、愛子、泊まってくですよね?」





あ…、






『怠いのは、ゆっくり出来る』



私はようやくエイジの言葉の意味を理解した。



怠い時は、無理しないでゆっくりしろって意味だったのか。



ゆっくりしてもいい、じゃなくて、ゆっくり出来るなんて言い回しをするエイジの優しさに私は胸が熱くなった。



「……うん、泊まる///」



私が頷くとエイジは、ニッと無言で笑顔を返してきた。


人と喋るのも面倒だった私は本当なら仕事を終えた後、真っ直ぐ自分の家に帰るつもりだった。


それなのに、いつの間にか自然と足はエイジのマンションへと向かっていて。




そんな私の様子に気付いていたのか、その夜エイジはベッドに潜ると私の手をそっと握り、お休みなさいです…、それだけ言うと目を閉じて眠りに就いた。


言葉なんか無くても二人の時間は穏やかに、優しく流れるものなのだと、私は繋いだ手の温もりに安心して、眠りに就いた。




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