桜と誠と鬼と鷹

□第四章 番外
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この時の事を思い出すと心底、よく生きて帰って来たなと思う
それほどこの時は命の危機に直面していた




「でかすぎにもほどがあんだろ…」


これが本来の鷹牙(コウガ)の姿、大きさなのだ
平安前、この日本を脅かした妖
大袈裟なんかではない。これは実話であり、"一代目頭領"である螢様から聞いた話である


「本当、冗談がきかねぇ…」


【ドウシタフルヤ、ワレヲタオスノデハナカッタノカ?】


その間にも鷹牙は俺を挑発する
とにかくなんとかしなければ
…つってもどうにか出来る大きさじゃない


「降矢さん、私たちに何かできることは…」


「とにかく隠れてろ!!逃げろって言っても聞かねえのはわかってるから!!」


この二人は生かさなければならない。この物語に支障が出てしまうと俺たちもどうなるかなんてわかりはしない
先の見えない世界。それがこの世界…薄桜鬼の世界
つーか俺もう元の世界に戻れるかどうかの前に、ここで生き残れるかが心配だな
とにかくこの馬鹿でかい鷹をどうにかこうにか制御しなければ意味がない
俺は、雪村の刀に力を注ぎ地面を蹴った
狙うは俺から見て左の心臓。だがそのためには大きさをどうにかしなければいけないのは明白だ
まずは狙うのは足、そして尾、胴体、羽根…順調にいけば妖刀の力が鷹牙の力を弱めて身体を小さくしてくれる…はずだ
だが、そう簡単にうまくも行かず


【エェイッ…!!コザカシイ…!!】


「ぅおっ…!?」


自由になりたい妖は、俺が近づくたびに台風のような風を浴びせる
そのたび体は吹っ飛ばされ、元の位置に…その繰り返しで一向に鷹牙の元にたどり着くことが出来ない


「くそっ…あの力どうにかなんねえのか…」


今ほど、主の先祖返りを恨んだ事は無い
とにかくこれは俺だけでは解決できないものだ。主にも協力してもらわないといけない


(自我を持て…決して鷹牙に心を許すなよ…主…!!)


そう願い、俺はもう一度剣をふるう








『厄介な事になったな…』


まさか俺の血がこんなにも強いなんて思いもしなかった
今では、暴走しそうなこの力を抑え込むのでめい一杯だ
周りは暗くて何も見えないが、外の声だけは聞こえる
戦況は最悪…という事だけはわかる
そして、闇に引き摺り込まれるような感覚がじわじわと俺を襲う
それは鷹牙が俺の体を乗っ取ろうとする力
ブラックホールってこんな感じだろうか


『ってんなこと考えてる時間ねえな』


とにかくなんとかせねば
とりあえずこの馬鹿でかい身体をどうにかしないことにはない
そんな時、暗闇の中に響く低い声が聞こえてきた


【我を制御するつもりか】


『……鷹牙か。久しぶりだな』


【ふん…久しぶりと言うほど年月は経っておらんだろう。だが人間からしたら久しぶりということになるのか…】


この声は間違いなく今表にでている鷹牙の自我
普通に喋れている辺り、まだ理性は残っているようだ…いや、表に出ているのは本能でここにいるのが理性か
この声を聞くのはこれが初めてではない
生まれた当初、降矢を召喚した時…わずか二回だが面識はあるのだ


【蛍、何故我に身体を貸さない…我とは約束したであろう】


『生憎、この状態で貸そうという気はないな。あと約束はまだ純粋無垢で無知だった頃だろ。無効だ無効』


【我を止めるか】


『ああ…それが使命だから』


俺は腰にある刀の柄に手を掛ける
今の俺はただの一般人。鷹牙の力などあるわけがない
今までずっと友達も作らず、剣の稽古をしてきた理由はこのためなのだ
普通の人間が、化け物に打ち勝つ術を
鷹牙は俺が戦いを選択したと分かったのか、仮の姿を作る
何を作るのかは予想できる気がした


【その身体貰うぞ】


『そのツラでそーゆうこと言わないでくれない?マジ不愉快』


赤毛の髪が靡く
鷹牙は左之助の姿をしていた
心底気分が悪いね


【ゆくぞ…一撃で仕留める】


左之に姿を変えた鷹牙は、槍を構える
見た目は変わらないが力は化け物
気を引き締めるために、目を閉じる
自分の中には何も力を感じない。完全に鷹牙の力は目の前のコイツの物だ
先祖返りが強いとずっと言われていた俺…まだ覚醒前だから力は4分の1程度だと言われたが、コイツは覚醒した後の力を持っているのは何となく分かった
正直死ぬんじゃないかって思う


『死亡フラグバリ3過ぎて辛いわ』


【何を言っている】


『お前には分からない話』


俺は鞘を捨て、刀を奴に向ける
左之の顔に刃を向けるのはいたたまれないが、現在性悪な顔で笑っているのでもう左之だとは思えない


(まだ、マシだな…)


これでいつもの左之と同じ顔で接してこられたら判断が鈍る
でも、きっと俺はそれでも目の前の奴を斬る事には変わりないのかもしれない
そんな自分を嘲笑しながら、俺は地を蹴る
一分一秒コイツよりも早く…そう考えて
だが


『ガッ…!!?』


【所詮は人間。その速さなど他愛もないわ】


奴の懐に入る前に、槍で薙ぎ倒される
やはり敵わないのか…そう一瞬頭をよぎる
だけど、受け身を取ってなんとか倒れる事逃れた
負けちゃいけない。俺のせいで薄桜鬼の世界が崩壊してしまうかもしれないから
そんなのはやってはいけないし、絶対俺が後悔してずっと引きずって行く
敵わなくても勝てなくても良い、ただ一回だけ相手に傷を負わせられればそれでいい


『負けて堪るかよ…!!』


決して判断が鈍らない様に、気を引き締める
また地を蹴り、鷹牙に向かう
上段、中段、下段、突き…膝蹴りに回し蹴り、踵落とし
自分の身体能力すべてを使う
人より、体力には自信があった。けれどいくら体力があっても攻撃が当たらなければ意味をなさない
攻撃を躱され、喰らわされ…ついに俺の体は悲鳴を上げた
いつものような治癒能力は無く、傷つく一方なわけだから当たり前だ
でも、寝ていられるわけなかった


【何故、そこまで抵抗する?何がお前をそんな風にさせる】


『…お前にはわかんねえよ。一生な』


【所詮奴らは造りモノ。それを守る価値などあるのか】


『…違う!!あいつらは造りモノなんかじゃない!!ちゃんとこの世界で生きてるんだ!!』


動くたびに体が軋む
意識的には体全身から血が溢れているような感覚
視界が眩む。けど、まだ立ち向かう


『はぁぁぁぁぁっ…!!!』


【っ…!!】


重たい刀を捨てて、俺は全力で走る
もう自分を守るものはない。だけど、この一撃だけ届けばいい
左之の姿をしたコイツの表情が驚愕で染まる
不意を突かれた…という顔だろうか
そんなことはもうどうでも良い。自分の右手をぎゅっと握りしめ思い切り振りおろす
渾身の一撃は、奴の鳩尾にしっかりと決まった


『っ、らぁっ!!』


【ぐぁっ…!!?】


そのまま殴り飛ばす。壁などないので床を摩擦の抵抗で止まるまで滑る
これで倒せたとは思わない。アイツはまだ俺に刃向ってくる
ぜぇぜぇと肩で息をしている俺はさぞかし、歴代の頭領より情けない格好をしているだろう


『はっ…はぁっ、はぁっ…っふ…』


【…フッ…まさか一撃喰らうとはな…女子にしてはなかなかの根性だ】


奴はむくりと起き上がる
鳩尾殴ったので多少ダメージがあるだろうがそれはそこまで致命傷を与えたわけではなかった


『はっ…どーも…げほっ…はぁぁっ…』


【だが、それも終わりだ。貴様には体を明け渡してもらう】


そういった奴の姿は様変わりを始める
左之の形はそのままに、体の一部分が姿を変える
鷹族の証である、羽根が背中を破る様に生えてくる
肩から腕、にかけても羽毛が生える。爪は毒々しい色をして、長く鋭利になっている


(左之が俺と同じ血筋だったらこんな感じだったのかな…)


意識が朦朧としていて、どうでも良い事を考え始める
いつのまにか身体全体が恐怖で震えていた
頭と身体の正反対さに笑いがこみあげてくる


【終わりだ、蛍!!】


ザクリ


そんな音と共に、視界が真っ赤に染まった
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