桜と誠と鬼と鷹

□第三章
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土方視点


俺の制止も聞かずに蛍は走り去ってしまった
少しして足音が無くなり、代わりに誰かを蹴る音が聞こえてきた


「いてっ!!」


『てめぇ、千鶴の所に行ったんじゃなかったのか…?』


「主、顔こえぇよ!!放送できない顔になってる!!」


『んなことどうでも良いんだよ!!ちょっと来い!!』


「おわっ、主、引っ張んなって!!」


そのまま二人の声は遠ざかっていった
つーか一部聞こえてんだよ…


「さっきの声誰だったんだ?」


原田がいぶかしげに蛍の去っていった方向を見る
だが、真夜中である今の時間帯では何も見えない
俺は単独行動し過ぎな蛍にため息をつきながら屯所に帰るため歩き出した


「おい、お前ら。帰るぞ」


「蛍はどうすんの?」


「置いてけ。後から来るだろ」


「じゃ、俺待ってるわ」


そう手を挙げたのは原田だった
俺は無言で頷いて、歩き始める



鷹杉蛍…鷹族の末裔で18代目頭領だといってたが、謎が多すぎる
あいつが羅刹ではない事はわかる
だが、道場で戦った時のあの速さと総司の時のあの技
とても人間とは思えない
そしてあいつの方にいつも乗っているイグ…とか言った鷹
あれも謎が多い
伝令に来た千鶴とともにいたのは蛍が飛ばしたのだと分かる
それでも俺達の言葉を理解しているような行動には驚かせられる
千鶴が鷹に向かって礼を言うとあいつは頷く動きをして飛び去ったのだ
蛍とイグ、そして千鶴
今年に入って厄介事が増えていく一方だ

俺は空を見上げ、夏に入った蒸し暑い空を見た
夜空には春の月ほどではないが綺麗な満月が浮かんでいた
だがきれいすぎて怖いぐらいだ


(また、なにか来るって事か?)


考えても仕方ないと頭を振り、屯所へと向かった
この予感が当たり、新たな波乱を生むことを今の俺は知る由もなかった




土方視点終了





降矢と少し小競り合いをして屯所に戻ろうとすると、さっきみんながいた場所に左之だけが立っていた
どうやら待っていてくれたようだ


「やっと戻ってきたか」


『悪いな待たせて。まさか待ってくれてるとは思わなかったからな』


「こんなお前でも女なのには代わりはないからな」


左之は笑って言いながら歩き出す
その言葉に少し複雑な気持ちになってしまう
女…か


『女を捨てた俺でも、女なのかな…』


「なんか言ったか?」


『いやなんでも?』


俺はしらばっくれて、左之より先に屯所に戻る
後ろから慌てて左之が追いかけてくるのがわかる
それが面白くてクスリと笑ってしまった
それを見たイグは俺を咎めるような声音で言い放った


《あまり干渉に浸るなよ。情が写ってしまっては後の別れが辛くなるだけだ》


『……分かってる』


でもそれは無理な相談だ
大好きな世界、大好きな人達
どうしてもその本人たちと触れ合ってしまえば情が移るのは当たり前の事で
イグの言い分は分かる
だけど…


「どうした?」


こいつらの優しさを無下にできるほど俺は冷徹に成れやしない
冷徹になる事など出来やしない
たとえ命尽きるその日がこいつらに訪れたとしても
涙を一粒も流さないという保証はない
でも、それを分かっててもイグは言うんだ
俺が頭領であるから。一番血の濃い者だから
だけどそれがなんだっていうんだ。頭領だからなんだ。血が濃いからなんだ
そんな事で人をゴミのように扱っていいはずがない
頭領とは、民達と町のため力を尽くすものじゃないのか
そうやって自問自答をしていると本気で心配した左之が顔を覗き込んできた


「おい、本当に大丈夫か?」


『あ、ああ…少し考え事してただ…け…』


「おっおい!!?」


その時、タイミング悪く、視界が歪み足元がふらついた
どうやら風間と戦った時腹を刺されたせいで大量の血を流してしまったようだ
現在傷は塞がっているが、それでも急速に大量の血を補うことはできない
貧血を起こすのは当然だ
倒れると思って受け身を取ろうとしても、一向に衝撃は来ない
代わりに暖かな何かに包まれている
どうやら今俺は左之の腕の中にいるようだ


『!!?//』


「本当大丈夫かお前。体調悪いなら無理すんな」


『ちがっ、これは只血流し過ぎただけで……って、あ』


気づいた時には遅く、俺は墓穴を掘った
それを聞いた瞬間左之は血相を変えた
まあ普通そうなりますよね←


「お前、怪我してんならなんですぐ言わねえんだよ!!」


『いいだろ別に。自分の体だ』


「だからって、成りは男でも体は女だろ!?少しは自分の体を『だから、女扱いすんなって言ってんだろ!!!!』っ!!」


俺はドンッと左之の腕から逃れた
左之は少しよろけただけで扱けはしなかった
少し驚いているようだ。それもそのはずだ、あまり怒らなかった俺がいきなり怒鳴ったからな
それを見て少し罪悪感が生まれた


『あ…ワリィ…お前は只心配してくれてただけなのにな…』


「……いや、こっちこそ悪かったな。癪に障るようなこと言っちまって」


『いや、俺が悪いって』


「いや、俺が」


「『……………………プッ』」


あははっと俺達は笑う
今は朝が開ける少し前でまだ誰も起きてきていないから、笑い声が空に響く


『ふははっ…お互い様だなっ』


「まったくだ…ははっ」


ひとしきり笑った後俺達は、再び屯所へと帰った
俺は左之に背負われて
結構恥ずかしかったが笑った後余計頭がクラクラして歩くのが辛かったため、渋々左之の背中を借りる事にした


(にしても左之の背中、広いな…やっぱり男なんだ)


でもそう思っても自分がみじめにならず、逆にこの広さに安心した
たとえるなら、親父の背中みたいな
まあ言うと左之に怒られそうだから言わねえけど
帰る俺達を朝日は優しく照らしていた
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