桜と誠と鬼と鷹

□第四章
2ページ/6ページ



結局千鶴は天王山を選んだ
皆、残党を取り逃がさぬよう、急いで街中を駆け抜けていた時、誰かが道を塞いだ
それに気づいた土方は先陣を切って走っていた足を止めて、対峙した
そして他の隊士も立ち止まったのだが、血の気が多い奴がそのまま走ろうとしたその時


「うぎゃあっ!?」


一瞬で切り伏せられた
その事に激怒した新八は怒鳴りながら仲間の元へ
そしてその切り伏せた張本人は、先ほどまで話していた風間だ


「その羽織は新選組だな。相変わらず野暮な風体をしている」


『そういうてめぇも相変わらず胸糞悪い趣味してんなぁ?』


俺は土方の横に並び出て皮肉をお見舞いした
だが風間にとって痛くもかゆくもない戯言だ
ニヤリと笑って言葉を続ける


「あの夜も池田屋に乗り込んで来たかと思えば、今日もまた戦場で手柄さがしとは……田舎侍にはまだ餌が足りんと見える。……いや、貴様らは【侍】ですらなかったな」


土方が何か言う前に俺は地面を蹴り、風間の顔に拳を一つ喰らわせた
もちろんクリティカルヒット☆


『あぁ…悪い…手元が狂ったわ』


「貴様…」


俺は睨んでくる風間をハッと嘲笑った
ああ本当にこいつ見るたびに腹が立つ。地獄行きにしたいものだ
風間は俺に殴られたことを気にしない様子でまた言葉をつづけた
刀抜いちゃダメかな?こいつすげえうぜぇ
その後も次々と口から嫌味が零れてゆく
言い方と言い、口調と言い、人の精神逆撫でするのが得意だな…もう一発お見舞いしたい
とうとう堪忍袋の緒が切れた新八は刀を抜き、風間と対峙する


「総司の悪口なら好きなだけ言えよ。でもな、その前にこいつを殺した理由を言え!」


その足元には先ほど切られた男
どうやら助からなかったらしい


「その理由が納得いかねえもんだったら、今すぐ俺がお前をぶった斬る!」


怒鳴る新八に対し、風間は冷静に答えた


「貴様らが武士の誇りも知らず、手柄を得ることしか頭にない幕府の犬だからだ」


(会津藩より腐っちゃいねえけどな)


なんてことは会津藩がいる前では言えないわけで


「敗北を知り戦場を去った連中を、何のために追い立てようと言うのだ。腹を切る時間と場所を求め天王山を目指した、長州侍の誇りを何故に理解せんのだ!」


つまり長州は負けを認め、その証として、最後まで武士として居られるように腹を切るって事か…
そこに俺達が介入すれば武士として無様に死ぬことになるという事だ
切腹は武士の死に方でも一番いい方法だ
その誇りを汚されることが彼にとって嫌なのだろう
だが…


「……誰かの誇りのために、誰かの命を奪ってもいいんですか?」


『千鶴…?』


「誰かに形だけ【誇り】を守ってもらうなんて、それこそ【誇り】がずたずたになると思います」


「ならば新選組が手柄を立てるためであれば、他人の誇りを犯してもいいというのか?」


千鶴の言い分も虚しく切り捨てられた
本当、世の中矛盾だらけだ…
言いよどった千鶴に土方は呆れながら言った


「偉そうに話し出すから何かと思えば……。戦いを舐めんじゃねえぞ、この甘ったれが」


「何……?」


風間は片眉をピクリと跳ね上げて、刀の柄を握りなおす
対して土方は平然としていた


「身勝手な理由で喧嘩を吹っかけたくせに、討ち死にする覚悟もなく尻尾巻いた連中が武士らしく綺麗に死ねるわけねえだろうが!!」


土方は堂々たる佇まいで風間を見、怒鳴った
その姿に隊士たちも圧倒される
これほどまでに土方は隊士から尊敬され、そして恐れられているのだ


「罪人は斬首刑で十分だ。……自ら腹を切る名誉なんざ、御所に弓引いた逆賊には不要のもんだろ?」


「……自ら戦いを仕掛けるからには、殺される覚悟も済ませておけと言いたいのか?」


「死ぬ覚悟も無しに戦を始めたんなら、それこそ武士の風上にも置けねえな。奴らに武士の【誇り】があるんなら、俺らも手を抜かねえのが最後のはなむけだろ?」


土方がつらつらと述べるのは彼自身の誇り
だが、二人の言い分は相反するもの。決して交わる事はないのだ
そして土方は刀を抜き、新八に先に行くように促した


「で、お前も覚悟はできてるんだろうな。……俺たちの仲間を斬り殺した、その覚悟を」


『人を殺すからには、人に殺される覚悟をしろ……ねぇ?』


ぼそりと俺は言う
つまり土方が言いたいのはそういう事だ


「……口だけは達者らしいが、まさか俺を殺せるとでも思っているのか?」


そして暫く睨みあった後、次の瞬間には金属同士のぶつかる音が響き渡った
その後土方は風間と距離を取った。土方は強い…だが風間はきっとあの時も本気は出していないのだろう
そんな中新八も出ようとしていたが、千鶴の言葉に目が覚めたようで、新八は隊を引き連れて天王山へと向かって行った
当然風間は止めようとするが、土方の介入でそれどころではなくなった
千鶴も迷った末、待ってますからと声をかけた


「絶対、追いついてくださいね!」


そういう千鶴に土方は目を細めて笑った


「お前、俺が誰だかわかってんのか?」


聞くまでもねえだろという顔をして笑った土方を見て千鶴は新八たちについて行った
後に残るのは俺と土方と風間のみ


「てめえもなにしてんだ。早く行け」


『えー…見てるくらいいいだろ…それに万が一あんたが危なかった時助けられるしね』


俺は笑って、風間を見た
俺の中に潜んでいる獣の力を感じ取ったのか、風間は心底嫌いだという顔になった
コワいねえ…でもその顔が一番よくお似合いだ


『死なせないよ、誰ひとり。あんたなんかに新選組を潰されてたまるかってんだよ』


そんな俺を遠くから降矢が見ていたなんて事はこの時の俺は知らなかったのだった






そして日が暮れる頃
俺達はみんなと合流するために山道を彷徨っていた
あの後薩摩の横槍が入り勝負はお預けになってしまったのだった


『土方、いつまで不機嫌なんだよ…子供か』


「だぁぁっ、うるせえな!!少し黙れってんだ!!つか、あいつら探せ…!!」


『だから、目の前に居るってさっきから言ってんだろ』


ほら、と指を指す先に千鶴たちの姿
土方は呆れながら、そこへと歩みを速めた
あっちも俺らに気づいたのか、駆け寄ってきた
千鶴に関しては涙目だ
土方は先ほどまでの経緯を話した
薩摩の横槍が入った事、対峙した男の名が風間千景ということ
現在薩摩と会津は協力の下にいるのだが、風間はそれを破った
薩摩は風間に対してあまり強く言えないようだ
それほどまでに強い権限を持っているのだ
まあ、鬼だから、強いのも当たり前だしな
そして土方は苦々しげに吐き捨てた


「奴は身分の上に胡坐を掻いてる甘ったれだ。手柄なんざ欲しいに決まってるじゃねえか」


そんな素直すぎる本音に島田さんと千鶴は沈黙した
本当、こいつらは面白いから飽きない
その後、新八が山から下りてきた
天王山に着いた頃にはもう長州の奴らは切腹して死んでいたそうだ
土方はそれを聞いて、見事な死に方だと称賛した
罪人は斬首刑で十分。そう言ってた本人が何を言うと思うのだが、結局同じ武士として死に方はとても潔いのだろう
それを千鶴に伝えるが、良く分からないと正直な感想を述べると土方は表情を柔らかくした


『ほんと、こいつのデレポイントわかんねえ…』


この戦いがのちに-禁門の変-呼ばれることになった
結局新選組は最後の最後まで後手だった
だが彼らが遭遇した人物はこれからの運命を変える者たちだ
風間千景、天霧九寿、不知火匡
それは置いといてだ
あのあと逃げ延びた長州の残党は京に火を放ち、御所の南方を焼け野原にした。その事により尊王攘夷の国事犯らが処刑された
そして京から離れる事を許された俺らは大阪から兵庫にかけて護衛した
この禁門の変の後、長州は逆賊と平民たちから白い目で見られるようになったのだ
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ