漆黒の終末

□第1章
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01、後日談

 それは東都タワー襲撃事件から三日後のことだった。高木が襲撃事件の調査資料を整理していると、同じ仕事をしているはずの佐藤が、手が止まったまま資料を食い入るように見つめているのに、気がついた。


「あの…、佐藤さん?」


 遠慮がちに聞くが、佐藤は気づかない。


「佐藤さん!」

「え?…あ、何?高木君。」

「あ、いや、その…。」


 高木は困った。べつに、特に用がある訳ではない。ただ、佐藤の、この事件に対する入れ込み様に違和感を感じ、つい声を掛けてしまったのだ。高木はとりあえず、この場を切り抜けなければならないと思い、


「きゅ、休憩にしませんか?」


と、当たり障りのない提案をした。


「そうね…。喉も渇いたし。」


 佐藤は時計を見ながらそう言った。席を立って休憩所に向かう佐藤を眺めながら、高木は内心ホッとして、跡に続いた。





“東都タワー狙われる!!テロか愉快犯か!?”


 二日前、某新聞の一面にこう見出しされていたのを、高木はよく覚えていた。今のところ、松本警視が何者かに監禁されていたことを、マスコミは嗅ぎ付けていないようだが、それも時間の問題だろう。連続殺人事件が解決したにもかかわらず、襲撃事件に監禁、さらには身元不明の射殺体。新たな事件が浮上してきた。今、警視庁内全体がこの事件に関わっていると言っても過言ではない状態にある。

 しかも、犯人確保に行った警部クラスの人間が、揃いも揃って気絶させられた失態。こればかりは漏れないように上が抑えているらしいが。それを佐藤から聞いたとき、高木は内心苦笑した。本当なら、自分もあの中にいたはずだった。博士からの電話さえ来なければ。


『はい、こちら高木の携帯です…。』

『…分かりました。すぐに向かいます…。』


 上司に許可を貰わず勝手に行動した自分達。結果的には松本警視を保護することができて、命令無視による減給などの罰は避けられた。それでも、ほかの刑事達が皆出払っているのに、自分達だけこうして資料整理が命じられているのは、とても関連がないとは思えなかった。





「…もう。こう一日中資料とにらめっこじゃ肩凝っちゃうわ。」


紙コップに入ったアイスコーヒーを半分ほど飲んで、一息ついた佐藤が呟く。


「…すみません」

「なんで高木君が謝るのよ。」

「だって、『責任は僕がとります』って言ったのに、結局佐藤さんまでデスクワークやらされてるじゃないですか。」


 高木がまだほとんど口を付けていないコーヒーを眺めながら言った。真っ黒な液体が、惨めな自分を写し出している。佐藤は深刻な顔をしている高木を見て、クスッと笑った。


「え?」

「あ、ごめん。高木君があの時の言葉、そんなに真剣に思っててくれたのが、うれしくて。 …でも。」


 僅かに頬を染めながら言った佐藤は、そこで残りのコーヒーを一気に飲み干した。その後、高木の目の前にやって来て下から見上げる形となる。


「佐藤さん?」


“ピシッ”


「いてっ…」


 額に鈍い痛みが走る。どうやらデコピンされたようだ。


「今、私はあなたの上司なのよ。二人とも同じ行動して、部下だけに責任取らせるなんてこと、するわけないでしょ。調子に乗りすぎ。」

「す、すみません…。」

「だから謝んないで。全然気にしてないし、むしろうれしかったって言ってるでしょ。」


 佐藤が紙コップをごみ箱に入れながら行った。その表情は、先程高木に向けていたものから、だんだんと刑事のものへと変わっていく。


(そう…気になっているのはこの事件の真相。この事件はまだ、全て解決していない。そしてその鍵は、私の勘が正しければ多分、“彼”が握っているはず…。)


 佐藤の頭には一人の少年が浮かび上がっていた。



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