漆黒の終末

□第2章
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16、異国からの手紙




 クシャッ


 薄暗い部屋で微かな音がした。窓から漏れる月明かりのみが、この部屋を照らしている。床に敷き詰められた絨毯やカーテンから、どこかの屋敷だろうか。
 部屋の隅に一人の人影があった。どうやら先程の音は、この人物が今も手に持っている紙を、握り締めた音だったようだ。


「どうして……どうして、こんなことに…。」


 微かに聞こえた声は震えていた。手に力が加わり、紙はさらにクシャクシャになった。そのままその人物はしばらくその場で佇んでいた。

『もう、後には引けない。先へ進むしか、道は残されてはいないのだ。』それは分かりきったこと。始めから選択の道など与えられてはいなかった。既に、全てを変えられてしまっている。たった一度の過ちで…。

 数分後、部屋の外で声が聞こえ、切り替えるように背筋を伸ばして、その人物は部屋を出ていった。


 もう、自分でこれを止めることはできなかった。





「…どうやら、一件落着したみたいね。」


 佐藤達との一件があった翌日の午後、歩美達と別れた後で哀が唐突に言った。


「あん?」

「昨日、佐藤刑事に問い詰められたんじゃないの?この間の事件のことで。」


 コナンが一瞬目を見開く。


「!…んなこと、なんでおめぇが知ってんだよ?」

「あら、昨日佐藤刑事に会ったときの貴方の表情を見れば、大体予想はつくわ。……それで?まさか組織について何か話したわけじゃ無いわよね。」


 灰原が軽く睨む。


「…俺は何も話してねぇよ。佐藤刑事達は、あの事件の裏で奴らが動いていたことに感づいてたけど。だからって、まだ組織のことを教えるわけにはいかないし、そういう危険な奴らがいるっていう事実だけ伝えたよ。否定しようがねぇからな。」

「ならいいけど…、組織は今回のことで殺気立ってるはずだから、慎重にならないと。」

「ああ、それこそ、『血眼になって』捜すだろうからな。」

 コナンの顔に一筋の汗が流れた。





「ただいま〜」

「あ、お帰り。コナン君。」


 コナンが事務所のドアを開けると、制服のままの蘭が声をかけた。小五郎はなにやら不機嫌な顔をしている。


「ちょうど今、コナン君のこと話してたの。」


『さっきこれが速達で届いてね。』といいながら、蘭はコナンの目の前にやって来て、封筒を取り出した。


「はい!外国からみたいよ。」

「外国?」


 コナンは一瞬、両親からかと考えたが、それは見事に外れた。


『Talisru Kingdom』


 裏にはそう書かれているだけだ。


「タリスル王国?」


 そう呟いたコナンは、封筒を開けた。中身も英語かと思ったが、日本語で書かれていた。


『拝啓 江戸川コナン様

 この度は突然のお手紙お詫び申し上げる。
 早速だが、貴殿の噂は我々の耳にも届いており…


…今回、怪盗キッドが我が国の秘宝を狙うとの予告状が届いた。…


…是非、貴殿の力を借りたいと思っているのだ。
 返事は、封筒の中に入っているハガキでお願いする。受け取り次第、こちらから出国日程などの連絡とともに、交通費なども送らせてもらう。
 よい返事を期待する。

敬具 Talisru Kingdom
D.K.Keccalbel』


「…ケッカルベルって確か。」


 早々に読み終えたコナンは、依頼人の名に心当たりがあり、封筒を再度確認する。


(やっぱり…。)

「なになに?手紙、誰から?」


 ずっと気になっていた蘭が尋ねる。


「多分…王様から。」

「え…?」


 ガクンッ


 コナンの思いがけない言葉に蘭は固まり、肘を付いてコナンを横目で盗み見ていた小五郎は、顎が手の平から落ちた。


「…王様だと!?」

「うん。タリスル王国のね。」

「ホントに?」

「『ケッカルベル』ってタリスル王国で最高位の人の名前だったはずなんだ。」

「へ〜。でもなんでコナン君に?。」

「なんかの間違いじゃねぇのか?」

「この国の秘宝が、怪盗キッドに狙われてるみたいなんだ。それで、僕の力を借りたいらしいよ。」


 小五郎の言葉に多少ムッとしながら、コナンは説明した。


「だからコナン君なのね。」

「…フンッ、ガキに助けを求めるなんざ、たいした国じゃねぇな。」

「なによ。コナン君だってキッドキラーとして知られてるし、いろんなこと知ってるじゃない!」

「…ふんっ。」


 海外からの依頼が、自分ではなくコナンに来たことに納得いかない小五郎は、それを無視した。
 一方のコナンも、とても喜んではいられなかった。


(確かに…いくら俺がキッドキラーとして有名でも、わざわざ海外から、小学生に依頼なんて普通はしない。……ほかに何か理由があるんじゃ…。)


「…それでコナン君、どうするの?」

「え?」

「タリスルに行くの?行かないの?」

「あ、えっと…。」


 コナンの顔の間近に迫って言う蘭。その表情を見れば、『行きたい』と訴えているのは明白で。


「…行ってみたい、かな………うん!僕、タリスルに行きたい!」


(あんな顔されて『行かない。』なんて言えねぇよな…。)と、コナンは心の中で呟く。先程の引っ掛かかることも忘れたわけでは無いが、蘭を優先させてしまう自分がいた。当の蘭は、無邪気な子供のように喜んでいる。


(ま、大丈夫だろ。…それより問題は…。)


 コナンは一人の少女を思い浮かべる。彼女無しで出国は不可能だ。


「ハァ…。」


 コナンは二人に隠れてため息をついた。

 これから起こる事件が、想像を絶する悲劇になるとは微塵も思わずに。





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