漆黒の終末
□第1章
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02、疑惑
『これから、ちょっと付き合ってくれない?』
佐藤にそう言われたのが今からちょうど1時間半前。高木は資料整理もなんとか一段落つき、夕食をどうしようか考えていたときだった。せっかくの彼女の誘いを断る理由は全くなく、二つ返事でOKした。その後、オススメの店だと言われてラーメン屋に入り、満腹になって店を出たのが30分前だった。 せっかくの二人きりの時間を、高木は運転しながらどうしようか考えていた。隣には佐藤がいる。このくらいの時間なら映画にだって、それこそ、多少の遠出だって余裕で行ける。
「佐藤さん。これから……」
しかし、『何処かへ行きませんか。』と言う続きの言葉は、佐藤の表情を見て消滅してしまった。佐藤は、先程まで店で見せていた明るくはしゃぐ表情はどこへやら、思いっきり刑事の顔で考え込んでいた。そして、高木の言葉を知ってか知らずか、
「高木君。米花公園に向かってくれる?」
と、素っ気なく言う佐藤。高木は内心ため息しながら了解したのだった。
「あ、あの…、佐藤さん?」
「 …ん?何?」
米花公園に着いてからも、佐藤はずっと刑事の表情のままだった。車から降りて、園内のベンチに座るように高木に言うときでさえ、彼女の頭の中は変わらなかった。
「一体どうしたんですか?さっきからずっと何か考え事してるじゃないですか。」
高木が半分心配そうに、半分困ったように聞いた。佐藤はその返事をなかなか言わなかった。そして、少し経って返って来た言葉は、返事なんかではなかった。
「…ねぇ、高木君。あの時の言葉、覚えてる?」
「え…?」
「私が、“この事件の裏で、何か得体の知れない人達が動いてる気がする。”って言ったことよ。」
「…あ、はい。覚えてます。」
確かに、あの時佐藤はそう言っていた。しかし、自分はそれを真剣になって聞いてはいなかった。“そんな馬鹿な”と当時は思っていたが、今考えると、彼女が一番この事件の真相に深く入り込んでいたのだ。
「…あの時の突飛な発想は、結局は当たってた。実際に、警察官の一人は偽物だったし。あの時それに気づいていたのは、私だけだとここ数日は思ってた。あ、自慢とか、そう言うのじゃなくて。」
そう言って、佐藤は少し困ったように微笑する。しかし、その表情はすぐに真面目なものへと変わった。
「…でも、今日資料見てて思ったの。もしかしたら……、“コナン君も気付いていたんじゃないか”ってね。」
「コナン君が、ですか?」
高木は、周りの音が全てサーっと消えていくような気がした。
「コナン君が、その得体の知れない人達に気が付いていた、ってことですか?」
「…かもしれないってこと。」
佐藤が高木の方を見ずに言った。その目線はどこか遠くを見つめていた。
「今日、コナン君の事情聴取の資料を見てたの。そうしたら、コナン君は本庄さんが東都タワーに現れる、と思って行ったみたい。それで本庄さんを捕まえようとしたときに、管理官に化けた被害者が現れて、本庄さんを被害者が気絶させた後でコナン君は襲われた、って証言してる。そして、その途中で蘭ちゃんが来た。」
「…それでどうして、コナン君が気付いていたかもしれない、ってことになるんですか?」
高木は今の証言に問題があるとは思えなかった。しかし、佐藤は静かに続ける。
「…被害者の身体から少量のアルコールが検出されたの。そして、コナン君が襲われた現場には、水谷さんと被害者の指紋が付いた、ワインとワイングラスがあった。もちろん、管理官に罪をなすりつけようとしていたみたいだから、実際は管理官の指紋だけど。でもね、気になったのはそのワインは水谷さんが用意したものだったこと。」
「…どういうことですか?」
「つまり、被害者はコナン君を襲う前にワインを飲む余裕があったってこと。そしてそのワインの近くに、連続殺人事件の被害者の持ち物がまとめて発見されてる。でもコナン君は、被害者が本庄さんを気絶させた後で、襲われたって言ってる。」
「…確かに、コナン君の証言は間違ってはいないようですけど…。」
(引っ掛かることがある)
高木は頭の中で呟いた。
「そう、問題は被害者がワインを飲んだり、持ち物をあさっている間、コナン君が何をしていたのか。」
高木は、佐藤が何を言いたいのか分かった気がした。
「……疑ってるんですか?コナン君を。」
高木が困惑した表情で尋ねる。
「その可能性も無くは無いってことよ。今の状況じゃまだなんとも言えないわ。ただ、分かってることは、コナン君が何か私達に伝えていないことがあるってこと。」
そう言うと佐藤は小さくため息をこぼす。
(……あなたは一体何者なの…。)
佐藤は困惑したままの高木を横に置いて、ずっと夜空を見上げていた。