漆黒の終末

□第2章
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17、形勢逆転


「…なぁ、頼むよ灰原…。このとおり!」


 コナンは阿笠邸の地下室で、両手を合わせた。その先には、聞こえていないかの如く、彼に背中を向けてパソコンで作業している哀がいた。
 そして、その彼女はコナンの言葉でちらっと一瞬だけ振り向いた。だが、その表情はコナンを固まらせる。


「前科のある人に私が渡すとでも思ってるのかしら?」


 その声は背筋が凍るほど冷たいものだった。

 タリスル王国から突然の依頼が届いたのは昨日のこと。朝早く阿笠邸に来たコナンは、早速昨日の出来事を説明した。博士は素直に感心してくれたが、灰原の方はというと、『それで?何の用?』と、そっけなく、一言のみ。(分かっててコイツ…。)と、コナンは思ったが、それを飲み込んで解毒剤を頼み込んでいた。


「も、もう、あんなことしねぇって。今度は約束守るからさ!」

「貴方の言葉を信じたとしても、渡せないわ。……言ったはずよ。『江戸川コナン』はもともと存在しえない人物だって。ロンドンのときはまだしも、今回は国王から直々に依頼されてるのよ。もしタリスルにいるときに、『江戸川コナン』が入国していないことがばれたら、貴方相当ヤバイことになるわ。」


『分かってるの?』と言う哀。


「そ、それなら多分大丈夫だと思うぜ。国王本人が招いたんだ。普通の人なら、そう簡単に手はださねぇんじゃないか?」


 コナンの意見に少し間をおいてから、哀は言った。


「…そうね、そうなる可能性は、確かに高くないわ。」

「それなら―」

「ダメよ。」


 再び哀は言い放つ。納得いかず、『なんでだよ!』と、コナンが強く言った。


「今回は博士が付いて行けないのよ。大事な用があるらしくてね。私は、貴方が工藤新一の姿で単独行動することだけは、許可するつもりはないわ。『もしも』のときのために、誰かがいないといけないでしょ。」

「……。」


 さすがにコナンもこれは言い返せなかった。哀が許可を出さないのは、全て自分のため。ひとつ間違えれば、命に関わる可能性だって否定できない。
 コナンは、諦めるしかないのかと考えはじめた。だがそのとき。


「…要するに、俺と行動をともにできるヤツがいればいいんだよな。」

「第一条件はね。」

「それなら、なんとかなるかもな。」

「え?」


 哀がコナンを見ると、何やら自信ありげな表情で。
 コナンの頭の中では、ひとつの可能性があった。確率は低いが、もうそれに賭けるしかないのだ。


「…まあ、今日はこれで帰るよ。蘭にも昼前には帰るって言ってあるし。アイツにも連絡しないといけねぇからな。」

「ちょ、ちょっと!?」


 いきなり帰ろうとするコナン。いつの間にか、形勢逆転させられそうになっていることに気づいた哀は、


「ま、まだ渡すなんて言ってないわよ!」


と、取り繕うが。
 すでにドアノブに手をかけていたコナンは一旦動きを止め、振り返った。事件のときに見る探偵の顔がそこにあった。


「頼むよ、灰原。…この依頼、なんか行かねぇとヤバイ気がするんだ。」


 哀は内心でため息をつく。あの表情のときの彼に敵うとは、とても思えなかった。


「……また、探偵の勘?」


哀がそれだけ言うと、『まあな。』と返して、コナンは地下室を出た。


(結局は彼のペースになるのね…)


 哀は、たった今コナンが出ていったドアをしばらく眺めていた。





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