ころしやものがたり

□第0話 月下の誓い
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「子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた」

 月の綺麗な夜だった。

 日本式の建物の縁側に座った僕は、やつれた顔の光を失ったかのような黒ずんだ眼を何処に向けるでもなく虚空をボンヤリと捉えながらポツリと呟いた。

 ほぼ無意識で発せられた言葉に僕のすぐ隣にいる赤毛の少年はその発言にムスッと不快だという表情をする。

「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」

 赤毛の少年にとって僕は"正義の味方"なのだろう。五年前に起きた大火災の中、命の灯火が消えそうになった自分を救ってくれたヒーロー。その本人が自分を"正義の味方"ではないと公言したことが不満なのだろう。

「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、オトナになると名乗るのが難しくなるんだ。そんなコト、もっと早くに気が付けばよかった」

 子供の時に、そんな都合のいいものはないことはもう分かってしまった。それに納得し、それでも僕は身体を止めることはできなかった。だからこそ聖杯という奇跡を、そして人々の救済を求めて、結果的に多くを失った。現実に、これでもかというほどに打ちのめされた。ただ、世界中の人が幸せだという結果が欲しかっただけなのに。

「そっか……それじゃしょうがないな」

「そうだね。本当に、しょうがない」

 少年は反感を覚えながらも何処か納得している表情を浮かべる。他でも無い彼が言ったのだから。僕はそれを見ずに空に映える満月をただボンヤリと見上げた。

「ああ、本当に、いい月だ」

 ここで話を終わらせよう、僕はそう思った。子供の彼に聞かせるようなことではなかったと、外面には出さずとも心の中で自分を少し叱った。

 しかし、少年はうん、と何かを決めたかのように呟いた。

「しょうがないから、俺がなってやるよ」

 僕は不思議に思って、ん?と声を上げて月から視線を外して少年を見た。少年は強い意思を持った目で俺を見ていた。

「爺さんはもう大人だから無理だけど、俺なら大丈夫だろ

任せろって、爺さんの夢はーー」 

 そこから先はよく聞こえなかった。でも、彼が何を言っているのかは何となく分かった。

「……そうか」

 あの時、自分が初恋の人に言えなかった"正義の味方"になりたいという純粋な夢

 少年はその夢を言葉というカタチにした。彼のように言葉に出来たのなら、自分は道を間違えなかったのかもしれない。彼ならどんな苦境や苦悩に陥っても、その度この綺麗な月のが映える光景を思い出し自らを奮い立たせることができる。何の証拠も確実性も無いのに、僕は信じることが出来た。

「ああ……安心した」

 視界がゆっくりと暗くなっていく。だけどもう怖くないし、後悔も無い。"正義の味方"の夢は無責任かもしれないけど士郎に任せよう。

 会える可能性は無いに等しいけれど、もし会えるのなら愛する人に謝りたい。許されなくてもいい、ただ、自分の口で彼女に伝えたい。

 安堵のため息が溢れ、そのままゆっくりと、僕は目を閉じた。
 

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