澤村大地

□いつか
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『いつか』









たまたま潔子さんに用事があって、
たまたま3年生のフロアに行っただけだったのに、
たまたま見てしまった。

好きな人が、女子と笑い話す楽しそうな顔を。





菅原「何か用事?」

聞き覚えのある声に呼びかけられて、ハッとした。

「あ、はい。潔子さんに用があったんですけど
 いなくて。」

そう答え、また視線を戻すと、道宮さんが大地さんにガシガシとパンチしてじゃれている様だった。

「仲…良いですね。」

菅原「え?あぁ、大地と道宮は同じ中学で、その
  時もバレー部の主将同士だったらしいよ。」

「へー…。」

菅原「古一〜、ヤキモチかー?」

「……はい。そう…だと思います。」

スガさんは少し驚いた顔をした後フッと優しく
微笑んだ。

菅原「素直でよろしい。
   大地にも素直にそう話してみたら?」

「いっ!嫌です!……こんなモヤモヤドロドロ
 した気持ち、言いたくないです。」

これ以上、仲の良い2人を見ているのも、スガさんに何か言われるのも御免だった私はくるりと向きを変え、逃げるように自分の教室へと走った。






澤村「古一大丈夫か?具合悪い?」

放課後の練習が終わり片付けを始めるようとした時、大地さんがタオルで汗を拭きながら私の顔を覗き込んだ。

「え?…あ、大丈夫です!
 ちょっと考え事しちゃってて。」

菅原「さっき大地が道宮と話してるの見て、
   ヤキモチ妬いたんだよなー?」

「す、スガさんっ!?」

澤村「道宮とはそーゆーんじゃねーよ。」

「…わかってます。」

澤村「本当に?」

「はい。…本当に。」

なるべくいつも通りに見えるよう、ニコッと笑顔を取り繕った。


頭ではわかっている。
けれど、心が勝手にヤキモチを妬くのだ。











朝練の為、まだ生徒達の声がしない静かな学校の門をくぐった。
いつもよりもさらに早く来てしまい、体育館はまだ開いていなかった。
体育館の前で座っていると、スガさんが現れた。

「おはようございます。」

菅原「うース。早いな。寝れなかったとか?」

「ちゃんと寝ましたよ。
 ただ……悪夢を見て早起きしただけです。」

菅原「どんな悪夢?」

スガさんの顔を見上げると、少しワクワクしているのがわかった。

「……み、道宮さんが………巨人になって、
 大地さんを食べちゃう夢でした。」

現実では有り得ない内容に、スガさんはゲラゲラと笑った。

「スガさんは?何でこんな早いんですか?」

菅原「俺は…古一が1人で泣いているんじゃ
   ないかと心配で。」

スガさんがキリッとキメ顔で私を見た。
カッコイイけれど、スガさんのこういう顔は企み顔だと私は知っていた。

じとーっと見ていると、スガさんは たはっと笑った。

菅原「なんてなっ!坂ノ下に寄りたかったから
   早めに家を出たんだけど、早すぎた。
   でもまぁ、話くらいは聞くぞ?」

スガさんはいつもこうだ。
優しいというか、面倒見がいいというか。

「じゃあ、あの………大地さんは何とも思っていな
 くても、道宮さんは好意を持っているように
 見えて…。」

菅原「あー………実は俺にもそう見える。
   大地はさぁ、大学生になったらもっとモテる
   んじゃね?」

その言葉に気分が落ち込んだ。
地面にめりこむんじゃないかってくらいに。

菅原「じゃあさ、もう俺にしとけよ。」

「っ!?????」

菅原「……って言ったら俺と付き合う?
   付き合わねーべ?
   大地も古一と同じなんじゃねぇの?」

澤村「スガァァアっ!!!!」

体育館の鍵を片手に、大地さんがすごい形相で
ズンズンと向かってくる。

澤村「お前っ!!今っ…」

菅原「今のはただ励ましてただけで、本気じゃねー
   よ!
   大地もヤキモチ妬く古一の気持ちわかった
   だろ?
   もっと2人で全部吐き出してみたら?」

スガさんの言葉に、私と大地さんは無言で見つめ合った。

菅原「俺は先に準備してるからさ!」

そう言ってスガさんは大地さんから鍵を受け取り、体育館の扉を開けた。



「大地さんが道宮さんのこと、好きじゃないって
 わかってはいるんですけれど、モヤモヤは
 消えなくて。」

澤村「俺が清水と話してたらヤキモチ妬くか?」

「いいえ…。」

澤村「俺にとって道宮は清水とかスガとかと同じ
   で、大事な友達だ。」

「はい…。」

澤村「……っていうのを、ソラもわかってくれては
   いるんだよな。
   うーーん……。」


「…分かってるんです。大地さんが私のこと好き
 って思ってくれていることも、大地さんが浮気
 なんかしないことも!

 だけど……人の気持ちに絶対なんかなくて、
 いつか…いつの日か大地さんの気持ちが変わっ
 てしまう日がくるんじゃないかって不安になっ
 たりして。

 私より道宮さんの方がお似合いで、釣り合って
 いて、悲しくて悔しくて。

 大地さんを独り占めしたくて、24時間ずっと側
 にいられればいいのにって……。」

思っていた気持ちはうまく言葉に出来ず、けれどドス黒く渦を巻いていた物を体から少し放出できたような気持ちだった。

「大地さんは何も悪くないし、私の中の問題です。
 聞いてくれてありがとうございます。」

涙を拭いながら軽く頭を下げると、大地さんに抱きしめられた。

澤村「俺達は付き合ってるんだから、2人の問題
   だろ?1人で悩むな。」

大地さんの腕の中で、涙が先程の道筋をたどって頬を伝った。

澤村「言いたい事は全部言え。解決できなくても、
   とりあえず話せ。」

「はい。……大地さん、」

澤村「なんだ?」

彼の心臓の音と共に、優しい声が私を落ち着かせてくれた。

「…結婚して下さい。」

澤村「えっ!??な、けっ、今?」

「いえ、いつか…。」

一瞬狼狽えた大地さんは落ち着きを取り戻し、
ふっと笑った。

澤村「あぁ、そのつもりだ。」

その一言で、全てが吹き飛んだかのようだった。

「あはは!」

澤村「えっ!?な、何?」

「なんか…今のでモヤモヤ全部無くなっちゃいま
 した!」

澤村「…そうか。良かった。」



いつか…
本当に結婚できる日が来るのか、来ないのか…。
その日が来るまではわからない。
けれど、今この瞬間は彼と同じ気持ちで同じ未来を思い描いている。

お互いを想い、いつかを夢見て抱き合う。

スガさんの「ニシシ」と笑う声も、遠くから響く後輩達のケンカする声も、今は聞こえないフリを続けていたいと、彼も思っているのがわかった。









END

Thank you.
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