御題所
□和綴十題
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「いたいた!ねえ神田、私に付き合ってくれない?」
午前零時を回った修練場で、光源は窓辺から差し込む柔らかな月光と蝋燭だけという何とも頼り難いものだった。そのような場所で一人神田ユウだけが刀を振るい稽古に励んでいた最中、砂が敷き詰められたその場所に向かって、リナリーは少年を呼ぶなり大きく跳躍した。この16歳の可憐な少女に対して、遠慮なく立ち向かってくれるのはこの神田を置いて他にいない。
「今回はまたえらく急じゃねぇか。・・・もういいのか?」
「うん。婦長がもう動いていいって。それに、早く結晶型に慣れなきゃ・・・」
その一言で、すでに対戦姿勢に入っていた神田が構えを解いた。
「断る」
「どうして!」
それでは駄目だ。はやく、いそがないと。このイノセンスさえ使えれば、きっと救えるのだから。刻一刻と迫る世界の崩壊から、大好きな人たちを守ることが出来るのだから。
「いつもは、付き合ってくれるじゃない」
「気のせいだ」
そう吐き捨てて、神田は目を細めた。
(戦う前から体中を痛めつけられたようなカオしやがるお前に、武器は向けられない)
その華奢な身体ひとつで背負いきれるものか、と思う。彼女の口にする「大好きな」存在には、とてつもない重しが掛かっている。諦めろだとかいっそ馴れ合えとかは言わないが、背負い込むのだけはもうやめてにしてほしかった。
「修練は止めだ。俺は寝る」
「ま、待っ・・・」
少女の引き止める声を遮るかのように、カチンという音が石壁に反響した。少年は刀を鞘に納めて、無言で修練場を去っていく。訳も分からず拒否された悔しさや寂しさから砂場に視線を落としたものの、ぐっと堪えてもう一度顔を上げた。
「行かないでカンダっ、・・・?」
ところが扉は開け放たれていたのだ。無性に呼ばれているような気がしてならない。すぐに追いかけてみると、どうしたことかその人は廊下の壁に寄りかかっていた。腕を組んで、視線だけで少女を見据えている。一方のリナリーは涙を滲ませた瞳と口唇は虚を衝かれたように開かれたままだ。
「ふん、呆けたツラしやがって。オラさっさと休むぞ・・・って、何笑ってやがる」
少々乱暴に腕を引っ張られながらも、リナリーは笑っていた。先程まで何かに駆り立てられていた感情が、そっと消えていったのだ。
(そう言う神田だって、普段にも増して仏頂面なんだもの)
引力はきっと何処かにある。
このちっぽけな世界も、そう長くはないだろう。だんだん、形を保つことがむずかしくなっている。
いろんなものが満ちては欠けてゆく。そのくりかえし。
ほら、引力はこの世界の何処かではたらいている。
えいき[盈虧]みちることとかけること。
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