白刃の城book

□神秘未知数∞論
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「実証なんてされるべきではないんですよ」


そう言って竜崎は水面を覗き込むように僕を見た。



* 神秘未知数∞論 *




「特定の肯定的主張に対して定立された特定の否定的主張をアンチテーゼと言います。
補足するならば定立とは提出された判断、主張、措定、テーゼを言います。科学は通常法則や理論の形で捉えられますが」
「何が言いたいんだ?」

話を遮った夜神に不快な顔ひとつせず竜崎は「まあ、聞いてください」と静かに言った。
まるで風が凪いでも揺るぐことのない湖面の様ではないか。
水面に映るのは飽く迄も自分だ。よって僕は水鏡に映った竜崎にはなりえない。なのに彼は僕に何を望むというのか。

「月くんには今更説明など要らないかも知れませんが、確認の意味、とでも捉えてください」

夜神の不信な視線など気にした様子もなく竜崎は続ける。初めからそうであったかのようにその場に馴染み過ぎて、夜神でさえ自分の不信という感情を見失いそうになった。

「反証可能性はご存知ですか?」
「ああ。ポパーのだろう?」
「さすがですね、月くん。如何にも、ポパーが科学と非科学との境界基準としてあげた特性のことです」

流石、と優位に立っているような言われ方をしても腹もたちやしないのは、それが僕を何処かで劣者なのだと認めているからなのだろうか。
自分の中の重心がコトリと音を立てて移動したのを感じながら、夜神はそれでも何も言わずに竜崎の言葉に耳を傾けた。

「喩え誰がその行為を繰り返したとしても、同じ手順を踏めば同じ結果が得られるということが不可欠です。しかしそれは事実にはなりえません。何故でしょう」
「それは喩え現実が共通だとしても個々人のとる事実が異なるからだ。事実と真実は違う。
知識は時に先入観として眼にフィルターをかけてしまう」
「そうです。実にテンポの良い解答ですね」

にこりともせず言い捨てる竜崎に夜神は眉を寄せた。
まるで検事と弁護士の押し問答のようだ。そしてそれはある種の誘導尋問のようでもある。
掬うことが出来ずに空気に消えていく竜崎の言葉を見送ることも出来ずに、ただ夜神は彼を見つめる。

「霊や神といったものの存在は非科学(ドクマ)とされます。ドクサではありませんよ。
まあ、非常に近い、憶説ではありますが。それは先程月くんが言った理由のためです」

じ、と深い漆黒が僕の中を駆け巡った。心の奥まで覗かれてしまいそうな瞳に呑み込まれそうになりながらも、夜神は抗うことをしなかった。そうしてしまったら本当に自分の非力を認めてしまうことになるからだ。
彼だったら己の無力を認めた者の方が強いと言うだろうか。それでも、僕はどうしても無力というものを認めることを許せなかった。

「神はこの世に存在するのでしょうか。これはきっと永遠の問いです。信じている方々にとっては冒涜以外の何者でもないでしょうが」
「神が存在しないならば創らなければならないと思わないか?」
「どうしてです?その問いは暗にあなたがキラだと僕に疑わせたいということですか」
「違う。お前はそのためにこんな話を始めたのか?」
「いいえ」

竜崎は即座に否定した。

「そんなことであなたがキラだと決め付けてしまうことは浅はかなことだと思いませんか?」
「お前がそう思うならばそうなんだろう。−ならばお前は神など必要ないと、そういうのか」
「そうですね…YesかNoで答えなければならないというならば、Yesです。同時に必要かと聞かれれば、Yesと答えます」
「それは」
「矛盾していると、言いますか。私は神は実在する必要がないと考えます。しかし確かにその存在は必要なのだと思います」

夜神は竜崎の意図を掬おうとして、失敗した。
向かい合っているはずなのに、まるで両者の間に壁があるように言葉が素直に伝わってこない。
その壁を作り出しているのは自分なのだろうか、夜神は思案する。そんなことは無意味だと知りながらも、考えることを止めることは出来なかった。

「罪福の意識とは神が与えるものですか?人間が勝手に感じるものでしょう。それに人間のほかに何が神を欲します。神とは人間が作り出した縋り付く為の偶像に過ぎない。つまり、実在などしないけれど、確かに身近に存在するものです。さて月くん。あなたはこのアンチテーゼについてどう見解しますか?」

ゆらり、と湖面が初めて揺れた。広がっていく波紋は僕を見る竜崎の姿を乱していく。


「僕は」


言葉に詰まった。何故だか視界に霞がかかる。それはつまりこの僕が、竜崎に劣っているということなのだろうか。
初めから勝負などしていたようでしていなかったはずなのに、何故人はものに優劣をつけないと気がすまない。
神に頭を垂れるのではない、それを代行すると述べる人間に頭を垂れるのだ。
人間が為す術もなく恐れる天変地異は、神の仕業?それよりも畏れるべきは、やはり人間だろう。

「人間とは恐ろしい生き物ですね」

二の句が継げないで居ると、竜崎がまた口を開いた。ほんの少しだけ温かな瞳が僕を捉えて、僕は息を呑む。
彼は恐らく何を望んでもいないのだ。
僕に何かを望んでいるという錯覚は、ただ僕がその可能性に縋り付きたかったからなのかも知れない。
彼は初めから知っていたのだ。同じような知識を持つものでも、たった一つしか道の見えない者は愚かであると。
恐らく彼は何も望んではいないのだ。
この僕がキラであることを知っているだろう彼に、キラではない少しでも暗闇を拒んでしまった夜神月という人間は何の意味をなさない。
そうだ、キラが僕ならば、僕は限りなく完璧なキラでなければその存在意義など彼にとってはないに等しいのだから。
その深い漆黒の愛を畏れてはいけない。何故なら僕がキラだからだ。
僕は責務の為神となる。それは世界の無力を愛しいと思うこととは少し違う。



「だからやはり、実証なんてされるべきではないんですよ」



彼が呟くように漏らした声を、僕は死神の鎌で切り捨てたい衝動に駆られた。









END


∞を夢幻と無限とをかけて…(笑)
ごめんよBABY…。デスノ解らないよ…。
こんな話でもこうじくんにお嫁に行きました。





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