白刃の城book

□選べなかった空と籠
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「神とは結局何なんだろうな、竜崎」


その言葉にいつもの挑むような響きはなく、うっかりしていたら見逃してしまいそうな気の迷いを感じた。



* 選べなかった空と籠 *




「…神とは、人が縋る為に創り上げた偶像ではないかと考えます」
「神の代行人は。聖書に出てくるイエス・キリストは実在していたと思うか?」
「そうですね…あれが物語でも私は驚きません。現実だったならその血が現代に残って居ないことを多少悔やむでしょう」
「つまり信じてはいないわけだ」
「そう捉えてくださっても構いません」
「この現代にイエスのような人間が必要だとは思わないか?」
「縋り付くための偶像が必要だと言いますか」
「そうだ。この腐った世界を正すためには象徴的な人物が必要だ。そうは思わないか」
「それがキラだと?」

それに月は頷きはしなかった。Lは視線を持っていたフォークに落とす。ショートケーキは半分ほど残っていた。
それは多分、月に言わせれば「まだ」、Lに言わせれば「もう」の度合いで。

「キラは殺人犯です。手に余る玩具を振り翳し甚だしい自己主張をする子どもでしかない」
「Lかキラか…どちらにしろ人類は三つに分かれる。
――…竜崎、お前はまだ砂糖を入れるのか!」

Lは既にミルクと砂糖のたっぷり入っている紅茶のカップに、スプーンでもう一杯砂糖を落とした。

「キラはキリストにはなり得ません」
「確かに時代も人物像も全く違うが、同じ位置には立てるだろう?」
「いいえ、立てません」

くるくると紅茶を掻き混ぜながらLは静かに言う。月はLの指先をただ見詰める。Lは気にした様子もなくスプーンを受け皿に置き、フォークを持った。
紅茶からは湯気と共に甘い香りが立ち上り部屋に漂う。その甘ったるい匂いに月は吐き気を覚えた。

「−…何故だ?」

暫しの沈黙を、やっとの事で月は破った。Lはケーキにフォークを突き刺しながら応える。

「キリストは殺しません。彼は許しの象徴です。よってキラはキリストの足下にも及ばないでしょう」
「犯罪者達さえも許し受け入れ信じたというイエスか…。だがその結果はどうだ。裏切られて磔にされただろう」
「ええ。それ故に十字架は祈りの対象とし許しの象徴のように扱われていますが、本来ならば罪の象徴です。
…と、話が少しずれましたが、ご存知のようにキリストは復活します。それが神の子の神の子たる所以ではないかと」

それは暗にキラはただの人間で、死というものが彼の現世での終わりを示していることを言っているのか、月は心の中で舌打ちをする。
今Lと月は同じ空間に居て同じ空気を吸いながら、少しも同じものを共有してはいなかった。

「神の代行人だったなら、99%無理であっても残りの1%の可能性が在ったかも知れません。しかしキラは神になると言いました。人は神になれません。人が人である限り、地から離れることなど出来はしないのです」

Lはぱくりとケーキを口に含みゆっくりと咀嚼した。月は憤りと共に虚無感を感じる。
階段の段差一段分でも上にいるだろうLの言葉は、意に反して随分すんなりと月の中に溶け込んでいった。

「神と人との境界線を引けなくなったところで、もう神など必要ないんですよ。
…キラは、選ぶべき道を少しばかり間違えてしまったのではないでしょうか」
「それでも」

月はLを見詰める。今度は瞳をしっかりと捉えて、見えない壁すらその眼に認めて、ゆっくりと口を開く。

「それでもキラは新世界の神となるだろう」
「ならば私はそれを全力で阻止するだけです」

さらりと吐き出された割ににはひんやりとした冷たさを持って、それは若干の棘と共に月の心に届いた。
そうだろうな、と月は口だけに笑みを浮かべて言った。その少し強がったような物言いにも大した興味もなさそうに、Lはカップを口に運ぶ。そして、酷く残念そうにぽつりと漏らした。



「甘くしすぎましたか…」








END

籠と加護をかけて…(笑
そうは思わないか、と月が訊くのは肯定して欲しいからでも否定して欲しいからでもなく、
自問自答のような感覚で口にするのです。(飽くまでもうちの月ね)




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