白刃の城book
□崩れ落ちた摩天楼
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カチャカチャと金属の触れ合う音が部屋に響く。
「ひとの違い?」
月は竜崎の言ったことが上手く飲み込めなくて、聞き返す。
竜崎は頷いて、何ともないように続けた。
「えぇ。文字の使い分け、と言った方が正しいかも知れませんね」
今日もまた唐突に、竜崎は平然と先の見えない話を始めた。
* 崩れ落ちた摩天楼 *
「片仮名、漢字、平仮名という意味で?」
「そうです。違いをご存知ですか?」
「確か…ヒトはホモサピエンス、つまり生物学上の分類で、人は社会文化、ひとは確立した個人…だったか」
「えぇ。そしてヒトがひととなるには人が必要です」
「ややこしいな…」
「そうですね」
「…で、お前は何が言いたいんだ?」
「いいえ、特には何も」
何なんだそれは、と月は思ったが声には出さなかった。だが表情には出ていたのだろう、竜崎が小さく微笑む。それに気付いて月は露骨に顔を顰めた。
「私たちはいわば二度生まれる。一度目は存在するために、そして二度目は生きるために」
「一度目は種として、そして、二度目は男または女として…。J.J.ルソーの言葉だ」
「本当に夜神くんは博識ですねぇ」
竜崎は感心したように瞬きを繰り返す。
そして「その知識を振り翳さないところが紳士ですね」と言った。
「莫迦に何を言っても無駄だろう?」
「では振り翳さないのではなく振り翳せないと?」
「愚かな人間には高貴な人間は理解できない」
「同時に高貴な人間に愚かな人間は理解できないものです。夜神くんが言っている高貴な人間とはどういう意味でしょう」
「決まっているだろう、人間的にだ」
月がそう言えば竜崎は首を傾げる。そして持っていた知恵の輪を片手でぶらりと持ち上げた。
「高貴な人間とは?この知恵の輪が解けたら高貴ですか?」
「知識を備えそしてそれを使いこなせる人間のことだ」
「知識を使いこなせても他人のことを考えられない人間は決して高貴ではないです」
「そうしたらキラは世界のことすら考えている、とても高貴な人間になってしまうぞ」
「本当に人のことを考えているのなら、殺害ではなく更生を考えるはずです。よってキラは世界のためという名目を盾にした実に自己中心的な人間といえます」
竜崎はまた知恵の輪を弄り始める。
「初めは確かに世界のためと思い行動していたかも知れません。しかし時が進むうちにキラの目的はすり替わってしまった」
月は今度は表情にすら出さないように気を付けながら心の内で舌打ちをした。
「キラは神がすきなんですね。随分と拘る」
「それは違うな竜崎。僕が思うにキラは神が嫌いなんだ」
月がそう言えば、竜崎は手を止めて月を見上げた。じっと探るような瞳。月はその瞳が嫌いではなかった。
「どうしてそのように考えます?」
「何もしてくれない神という全知全能の象徴が嫌いなんだ。だから自分が本当の神となることを望む」
「その為の見せしめですか。それではただの殺人犯です」
「キラが何を考えているのかはっきりとは解らないけれど、きっとそれは彼が世を正すのに必要なことなんだろう」
竜崎はそれには何も言わずにまた手を動かし始めた。しかしそれはすぐに止まる。月は訝しげに竜崎を見た。
「私たちはいわば二度生まれる。一度目は存在するために、そして二度目は生きるために…。
興味深い言葉です。人は大なり小なり問題を抱えています。それに負けないように戦って、制を掴みます。キラはそれを何の予告も無しに奪った悪者でしかない、神になどどうしてなれましょう」
つ、と月を一瞥すると、竜崎はもう興味を失ったかのように解けた知恵の輪を机に放り投げた。
「それに、神に本当も嘘も在りませんよ」
END
Lは素っ気ない、そして冷めやすい。