白刃の城book

□曖昧リリース
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ふあぁ、と大きな欠伸をしながら楠木誠志郎は階段を上っていた。
一段上るごとに一房だけがレモン・イエローに染められた前髪が揺れる。
白い影が視界の隅を横切った気がして、誠志郎は足を止めた。

「………オサキ?」

キョロキョロと辺りを見回せば、少し下に見える踊り場横のソファに、眼が覚めるほどの美男を見付けた。
漆黒の髪は緩いウェーブがかかっており、嫌味にならないくらいに顔にかかっている。
何処かエチゾチックな美貌の持ち主、有田克也がダルそうに前髪を払えば、女の子たちはたちまち黄色い声をあげるだろう。
だが誠志郎は男だ。
近くにいて比べられる腹立たしさを身を持って知っている上、性格の悪さも良く解っている。
はっきり言って誠志郎は克也が嫌いだった。
見付かって嫌味を言われる前にさっさと退散しよう。
そう思い踵を返そうとした時。


「…だから、違うって言ってるだろ」


高飛車な物言いだが訴えるような響きをのせた言葉が誠志郎の耳に届いた。
思わず足を止めてしまう。そしてそっと階下を覗き見る。
克也が弁明を求めるなんて珍しい話で、好奇心が擽られる。
見付かったらただじゃ済まないという思考は、今誠志郎の中にはない。

「別に、何も言ってないじゃないか」

克也の隣に居たのは、先程探していた白いオコジョに似た生き物の宿り主、溝口耕作だった。
柔和な顔を困ったように歪ませて、それでも優しく微笑んでいる。

「じゃあ何でオサキが怒ってるんだ」
「それはオサキがアリのこと嫌いだからだろ」

さらりと言って退けた耕作を、克也は睨み付けた。

「噛んだぞ!コイツ!」
「あぁ、ダメじゃないか、オサキ。お腹壊すよ」

凡そにつわかしくない耕作の言葉に、誠志郎でも耕作の機嫌が決して良くないことが解った。
耕作が怒る姿が想像できない誠志郎にとって、このやり取りは意外でしかない。

「耕作、」

はぁ、と息を吐いて、克也は立ち上がった。そしてソファに座る耕作の前に立つ。
背もたれにバランス良く立つオサキがパタリと大きく尻尾を振った。

「お前だけだ」

克也が耕作に覆い被さるように背もたれに手をつく。
唇を這わせるように首筋に顔を埋めたのを見てしまい、誠志郎は固まった。
別にそんなこと言って欲しい訳じゃ無いんだけどなぁ、と耕作は小さく言う。
困ったような、呆れたような、そんな声だった。
決して嫌がっているわけではないことは解る。解るがそれだけだ。
誠志郎は鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
別に嫌悪するとか、そんな気持ちはない。だが、余りにも衝撃的で。

「たまには素直に妬いてると言ってみたらどうなんだ?」
「何だ、アリ、やっぱりワザとか」
「お前の鈍さには時々頭を抱えたくなる。まぁ、坊や程じゃないけどな」

なにおう!?と思ったが何とか踏み止まった。
だって、眼の、前で。

「好きだ、耕作」

克也の顔が耕作に近づいて、そして。
触れるだけのフレンチ・キス。
戯れのように繰り返され、耕作が少し上気した顔を照れたように逸らした。
そう。誠志郎の居る方に。

「―――…ぼっ」

眼があってしまった。
耕作と誠志郎の眼がそりゃもう音がしたんじゃないかというくらいバッチリと。
途端に顔を真っ赤にしたのは耕作だけではなかった。
誠志郎もだ。
覗き見を見付かってしまったという罪悪感と羞恥心。
茹でタコのようになった誠志郎は、やっとのことで踵を返すと走り出した。
その後ろ姿をオサキが追う。耕作は手で顔を覆った。

「……見られた」
「別にいいんじゃないか」

飄々とした態度で言い放つ克也を耕作は睨む。
だが克也は気にした様子を微塵も見せず、それどころか不敵に笑んでみせた。

「これで隠す必要は無くなったわけだ」
「いや、どうか内密に…」
「お前は、俺のだからな」

それに曖昧に笑いながら、耕作はこれから顔を会わせなければならない誠志郎の顔を思い出していた。









End
昔の小説(書きかけ)が見付かりました。
06年ですって!放置し過ぎ!(笑)
それはまだ完成してないから載せられないので触発されて書いた克耕をば。

お題:ruinous669


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