白刃の城book

□繋ぎが切れてお終い
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昔、聞いたことがあった。
バカでちんけな、ヒトデナシの話。
哀れな憐れな、救えねぇハナシさ。



* *
[欲張るから、ばいばい]




今朝、蜘蛛を助けたよ。小さな小さな蜘蛛だ。助ける気はなかったんだけどさ、あんまりに気分が悪かったから、何となく逃してやった。あぁ、思い出しても胃がムカムカする。俺はあのフォルムが大嫌いだ。
そう、それでふと思い出したんだ。むかぁし、昔、まだ俺がジジイに出逢う前、船で聞いたことがあった。どんな話かって?とても愚かで滑稽なハナシさ。

あるところに、男がいたんだ。そいつは殺しも盗みも経験済みで、寧ろそれで生計を立ててた最低な野郎だ。たくさん殺して、その日も着物やら何やら奪って逃げる途中だったらしい。人様の食べ物を奪う奴なんか、俺が蹴り殺してやる。
―――っと、話が逸れたな。兎に角、その俺が逃げ道を行く途中に、一匹の蜘蛛が歩いてたんだと。俺だったら気付かずに踏み殺してたかも知んねぇ。この男もそうしようとしたらしいんだが、何を思ったのか、逃してやったらしいンだ。たった一度の仏心が人間じゃないなんて、なんか笑える。

暫くそうやって暮らしているうちに、男は死んじまうんだが…死因は忘れた。腹上死じゃなかったのは確かだ。男は勿論、地獄に落とされた。そりゃそうだよな、あんだけ好き勝手に他人のモノを奪っておいて、逝き着く先が天国だったら納得出来ねぇし、皆怒るぜ。シュールだろ?
ところがどっこい、その様子を水鏡かなんかで見ていた神様―仏様だったかな…そこんとこは曖昧だ―は、まさしく仏心をもって、その男が気の毒だとか思っちゃったワケ。そうして一匹の蜘蛛を傍らに呼んだんだ。そいつが、男が助けたあのちっさな蜘蛛だったってわけさ。
仏様は蜘蛛の糸を地獄に垂らす。すると男の頭上に、白い糸が現れる。蜘蛛の糸に掴まった男は考えた。これを登っていけばこの地獄から出られるかも知れない。男の体重にも切れる気配がないからだ。
んなバカな、と思っちゃいけねぇ、これは物語だし、もしかしたら実際に在るかも知んねぇだろ、それくらいにこの世界は不思議だ。
にしても、蜘蛛の糸って、ベタベタしてないのかな。だって、あんなほっそい糸にしがみつくなんて難しすぎるだろ。
まぁ、兎に角、男は上り始めた。すると、周りの奴等もそれに気付く。気付けば当然、男に倣って糸に群がりだした。焦ったのは男だ。下を向けば、何十、いや、何百という地獄の住人どもが男のあとに続いているじゃねぇか!このままだと糸が切れっちまうと恐れた男は、早くのぼりゃあ良いのによ、下の奴等を蹴落とし出した。

(やめろやめろやめろ!)
(オマエら下に落ちやがれ)
(これは俺の為の糸なんだ!)

ゆら、ゆら、ゆら。
大きな揺れに増す加重。
上を見ればほら、もう少しで天上の光が見える。
でも、さ。やっぱりそんな上手い話はねぇんだよ。糸はプツリと切れてしまう。軽い、音。命の重さなんて、案外そんな程度かもな。
重量に引っ張られて、落下。手を伸ばしても届きやしない。下は血の海、針の山。仏様は涙を一滴垂らしましたとさ。


「…つまんねぇハナシ」


初めから悪党が助かるなんてことはないんだ。希望を持たせてやるだけ酷いんじゃね?と思っちまう俺は相当捻くれてるのかね。普通は悪党にもチャンスをやる神様の慈悲深さに涙しなけりゃならないとこだろ。ははは、笑える、さすが俺!思考回路が何処かズレてるんだ。

俺もさ、俺も、ジジイの夢奪ってさ、大事な蹴り足まで奪って、まだジジイにすがりついてんだぜ。この上ジジイのナニ奪おうってんだか。でも良かったよ、ジジイの料理の腕や舌は残ってくれて。それだけで俺はまだ救われる。泣きたくなるくらいに、光が見える。
料理の腕も舌も蹴りも、何でも吸収して、俺はジジイを支えたくて、頼って欲しくて。奪った分を与えられたらなんて、一人よがりの傲慢な感情に満足して、ホント馬鹿みてぇ。失ったモンはどんなに他のモノで埋めたって元に戻りやしねぇのにな。
そうだ、どんなに悔やんだってあの頃には戻れない。あの時の自分をぶん殴ってやることも首を絞めて岩間に頭を打ち付けてジジイの前に転がしてやることも出来ない。…出来たら奇跡どころじゃねぇよな、今此処に居る俺は居なくなっちまうんだぜ。
そんなこんなで、俺は現状(いま)が最良なんだと信じることしかできずにいるワケさ。
でも、俺が思っていたよりも人間ってやつはずっと強かった。確かに失ったモンは戻らないが、完璧ではないにせよ、他の部分でそれが補える。肉を削ぐ傷を負えば、周りの肉がそれを補う。生き汚いようにできてるのさ。飢えれば、苔でも土でも、テメェの指の皮だって―足だって、喰っちまうんだからよ。

ゆら、ゆら、ゆら。
視界が揺れる。
ふわ、ふわ、ふわ。
蜘蛛の糸にぶら下がってるみてぇ。

じゃあ、天上で待ってるのは誰かな。顔も覚えてない生みの親かな。ジジイは何処かな、やっぱり地獄?だったら離さなきゃ、手を離さなきゃ。知らないよ親なんて、俺の傍に居て俺を生かしてくれたのはジジイなんだから。だから、傍にいなきゃ、ジジイの傍にいなきゃ。じゃないと壊れる、勿論、俺、が。ジジイはきっとへっちゃらだ。ムカつく程に余裕もって、笑ってるさ。

(チビナス)
(本当の地獄は、こんなもんか)

解ってるよ、解ってる。
人は奪いながら、幸せを願ってる。他人を不幸にしといて、自分の幸せばかり願ってるんだ。
みんないなくなった。みんな海に還った。俺らはちょいと還るタイミングを逃しちまったんだよ。
過去に縛られて動きが取れない、滑稽なイキモノ。もう、欲張らないからさ、アンタ以外は望まないから、そしたら。俺でもシアワセになれるかな。いや、今も幸せなんだけど、今の幸せが続くかな。ずっとずっと続くかな。出来れば、二人でオールブルーを見付けたいな。ジジイは彼処から船を動かすことを渋るだろう。…いや、ゼッテェ動かねぇな。

(つかさ、アンタがいれば良いなんてさ)
(欲張りすぎか?おい、俺)
(見放されっちまうぞ)

良いんだ、良いんだ。この広く青い海の上の、木の葉よりもちっぽけなこの海上レストランに俺とアンタが居る、それだけで。その事実さえあれば、俺は何とかやっていける。だから、糸を切るなよ、切れるな糸。バイバイなんて、笑えないぜ。








End...
title*命知らず

何となく、今朝、蜘蛛を逃がしたときに蜘蛛の糸を思い出したので。
私が(ティッシュを大量に使ったとはいえ)蜘蛛に触れたなんて奇跡に近い←虫大嫌い





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