白刃の城book

□群れた羊の見た夢は
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※「世界って何色?」の続き


「ユーシ!!!」

突然勇志の背後から上げられた大声に頭をかき混ぜる手が止まり、離された。小さな空洞に気付いたが心亜は気付かないふりをした。
声がした方を揃って向けば、吏人と子どもがこちらに向かって走ってきていた。遠目でも分かるその生き生きとした表情にまたざわりと腹から喉元まで何かが這い上がった。

「リヒト!」

勇志が負けず劣らず弾んだ声で体ごと向き直り吏人を呼んだ。勇志が両手を広げたその中に吏人が勢い良く飛び込む。お互いどうにも五年前のままのつもりでいるのか、未だに勇志の方が背が高いとは言え以前のような体格差はなく、吏人の体を受け止めきれずにそのまま背中から倒れ込んだ。変な声が聞こえた。

「ゆ、ユーシ?!大丈夫か?!」
「……リヒトも大きくなったなぁ」

もうお前のこと持ち上げられないな、ていうか重い、と上半身を起こして、心配する吏人の頭を撫でながらからかうように笑う勇志はそれでも嬉しさを隠せないようだった。吏人の方はあまり表情には出ていなかったが、はしゃいでいるのが心亜には分かった。
心亜はそれを見て高くもなかった気分が急降下した。今の吏人の眼中にないことも、手を広げて迎え入れる勇志のことも何もかも面白くない。吏人のように素直に彼のサッカーを、人柄を受け入れれば、純粋にサッカーが楽しいと言えれば、何か違ったのだろうか。いや違う、と心亜は自身の中で否定する。
そもそも心亜は自分の考えと合わない人間と張り合うのが嫌なだけなのだ。もちろん過程と結果を楽しんでいる節はあったが、けしてそれがもともとの目的ではなかった。
皮肉として言った平和主義も根本的には間違ってはいない。相手の心を折ってしまえばぶつかることもなくなる。
勇志と吏人は自分と分かり合えない人種なのだ。分かり合える二人が羨ましいのか、自分を理解しない二人が許せないのか、心亜には判断がつかなかった。

(そう、だから折った。折ったハズだった)

自分の中で着地点を見つけようとしたが、答えは出ず、心亜の表情は優れなかった。二人から視線を外して視界に入れないようにした。立ち去るという選択肢は思いつかなかった。
そこでようやく自分の隣にこちらを見上げる一対の目があることに気がついた。試合中に勇志が吏人を引っ張り上げた際、彼と共にいた少年だった。勇志が名前を読んでいたかもしれないが、興味がなかったので刹那で忘れた。
勇志があれから立ち上がり、また未来を期待した子ども。勇志や吏人に通じる真っ直ぐな瞳に心亜は自らの中の黒いもやが足元から地面を伝って広がるのを感じた。
この子どもの心を折ったら彼は自分を憎むだろうか、と心亜はぼんやりと思った。それとも、また彼のもとから、サッカーから離れるように仕向ければ今度こそ彼の心は折れるだろうか。そのどちらもが頭の中で否定された。
しばらく見つめ合うことになっていたが、ずっと黙って心亜を見上げていた子どもが口を開いた。

「あんたさぁ、サッカーすっげぇ上手いんだろ?」

ユーシが言ってた、と子どもが言った。子どもにありがちな遠慮も何もない失礼な呼びかけに、昔と変わらず彼が甘やかしているのだろうなと思った。
視線を合わせてはいたが、聞き流すつもりだった心亜は、ふとこれは五年前の吏人なのだと思い、紡がれる言葉に少しだけ耳を傾けた。ただの気まぐれだった。

「あのリヒトって人もスゴい強かった」

口調は素っ気なかったが心なしか目が輝いている。その瞳にはやはり覚えがあって心亜は心の中でうんざりした。
でもな、と子どもはにやりと笑った。挑戦的な瞳で心亜を真っ直ぐ見据える。

「すぐにあんたらより強くなってオレがサイキョーになる!」

要はやるかやらねェかだ、と勇志の真似をする子どもを心亜は無表情のまま見ていたが、ふいっと視線を地面に落とした。
やはり子どもは昔の吏人だった。いや、今現在の吏人でもあった。吐き気がする。無性に折ってやりたいと思った。しかし心亜にはその翼を折ることは出来なかった。ぎりり、と奥歯を噛み締めた。
黙ったままの心亜に子どもは首を傾げて彼の顔を覗き込もうとした。ざわり、と感情が動いた。

「シアン、ヒカルー」

未だに地面に座り込んだままの勇志が二人を呼んだ。吏人は流石に上に乗っかったままではなかったが、勇志の隣にしゃがみ込んで二人の方を見ていた。
勇志が手招きをしてる。心亜はそれを認識はしていたがその意味を理解する気はなくただそれを見ていた。
なんだよと言いながらも勇志の方へと向かっていく背中を心亜は見ていた。その途中でヒカルは心亜の方を振り返ると、動かないの彼のところまでわざわざ戻ってきてその腕を無遠慮に掴んだ。心亜は二、三度瞬いた。急に現実に引き戻されたような、そんな感覚だった。あんたも呼ばれてるんだよ、と半ば強引に引っ張られて、心亜は無抵抗のまま勇志の前まで連れ出された。
勇志が喋らない、笑わない心亜を見て、悲しげに笑ったかと思うといつもの軽い笑みに戻り、勢い良く二人の手を引いて自らの腕の中に引き込んだ。突然のことに二人は無抵抗で勇志に抱きしめられた。引き込まれた際にどちらかの肘が腹に入ったが、勇志はなんとか我慢した。二人の肩を抱いて、空を見るように促す。

「お前らもたまには低い位置から景色を見てみな」
「先に口で言えよバカユーシ!」

そう怒るヒカルの声を真横で聞きながら、珍しく試合で体力を使ったので疲れてるのだと自分にいい聞かせて心亜は勇志に体重を預けた。腹いせに勢い良くぶつかるようにするのは忘れなかったが。
勇志は驚いたのか少し動きを止めたが、すぐに肩に置かれた手に力が入った。背中ごしに感じる勇志の生ぬるい体温は不思議と気持ち悪いとは感じなかった。心亜は吏人の視線を感じたが気付かないふりをした。彼の瞳の温度を確かめる勇気も元気も今の心亜にはなかった。







11.03.05

何故か長くなった。
ヒカルごめん。でもリヒトに似てると思う。そしてシアン元気ない。ごめん。


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