白刃の城book

□氷の上のメサイア
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1.



「何か、最近この近くで海賊船が無差別に沈められてるって噂だぜ」

太陽が最も高い位置に見える時間帯に、ブリッチの端でそう切り出したのは狙撃手のヤソップだった。
と言っても空は厚い雲が覆っていて太陽は見えない。しかし雨はまだ降っていなかった。ガリオン船は風に乗り、調子良く波の上を走る。

「俺も聞いたぜ。何でも、小舟一艘で近づいてきたら、あとは惨劇、皆殺しってヤツだろ」

応じたのはラッキー・ルウだ。持っていた肉にかじりつきながらも器用に喋ってみせる。

「小舟一艘に乗れる人数なんかたかが知れてらぁ。敵さんがよっぽどの手練か、殺られた方がよっぽどバカだったか、どっちかだろ」

ルウの言葉にうんうんと頷きながら、ヤソップは声を小さく、低くした。ルウも吊られるようにして身を低くしてヤソップに寄せる。

「ソイツが現れるようになったのはほんの一週間前からなんだよな」
「そうだぜオトッツァン」
「ちょいと頭を捻って考えてみルウちゃんよ。副船長が居なくなったのも、丁度そんくらいだ」

ヤソップの言いたいことを正しく読み取って、ルウはまた肉にかじりつく。
確かに今、この"赤髪"の海賊船上に副船長は居ない。先日の戦闘から、行方が知れなくなっている。
海に落ちたのか…だが死体は上がって居ないので生きていると仮定し、辺りを捜索したが何れ行方不明で、もう、一週間が過ぎた。
それに、確かに副船長は強い。銃を得物としているが、剣の方も、其処らの海兵何かよりもずっと腕がたつ。頭の回転も記憶力もかなり良い。頭脳戦であってもそう簡単に敗れたりしないということは既に己の船で体感済みだ。

「だけどよ、オトーチャン。副船長が一人で海賊船を潰して回る理由がねぇ」
「そうなんだよなァ…」

生きているなら、あの副船長のことだ、何とかして連絡を寄越してくるだろう。一人にして心配な人じゃない、

それはクルー全員の意見だ。寧ろ心配なのは船長の方だ、というのは如何なものなのだろうか。
兎に角、副船長が無事だったのなら、あの赤髪の船長に手紙なり電報なり入らなくては可笑しい。副船長は赤髪の船長を第一に考え行動している人間だからだ。
ちなみに、赤髪の一番のお気に入りでもある。赤髪自らスカウトしに向かった程に。

「あ――ヤダヤダ、天気も気分もお頭の機嫌も悪い」
「懐はあったかくても使い道がねぇんじゃ意味がねェしな」

ルウは彼の副船長のように肩を竦めてみせた。しかしボディが丸いせいか、腹の肉が少し上下に揺れただけで、端から見れば"今ちょっと船が揺れただろうか"くらいにしか思われないだろうことが哀しい。

「目撃者はゼロだしな。いっそこの船狙ってくれりゃあ確かめられるものを」

物騒なことをいうな、とヤソップを咎める者は居ない。
実際、クルー達は辟易していたのだ。仲間が見付からないことにも、船長の不機嫌にも。気晴らしにと酒を飲ん

でも、味なんか解らないくらいに空気が悪かった。
早く帰って来てくれ。ヤソップは思う。お頭を宥められるのはやはり副船長だけなのだ。原因が、その副船長にあっても。いや、だからこそ。


「ランドホー!!」


辛気臭くなった雰囲気を破ったのは、見張りにマストに登っていたスペードだった。それをデッキで聞いていたシャンクスが声をあげる。

「クルクスかぁ?」
「いや、違ぇみたいだ!」
「おっしゃっ。野郎ども!上陸の準備をしろ―!」

まさに鶴の一声。アイ・サー!と何重にもハモった声が聞こえたと思えば、船上は駆け巡る男たちで慌ただしくなる。シャンクスは霧が出てきた空を睨みつけながら、らしくもない溜め息を吐いた。二つ名の由来である"赤髪"が風に煽られて逆立つ。白い景色の中、その緋は一層際立って見えた。
自分でも自覚はしていた。
どんどん無表情に近くなっていく表情に比例して、どんどん気まずくなっていく船内の空気に気付いてはいた。
しかし気付いたからといってそう簡単に止められるものではないことは確かだ。
思えば、副船長をスカウトしに行ってから、こんなに離れていたことはないかも知れない。
――いや、在るにはある。しかしあの時は定期的に連絡が入ったし、彼が何処に居てどんな状態か解っていたから、だからシャンクスは耐えられたのだ。
今回は勝手が違う。何処に居るかどころか生死さえ不明という最悪な状況に在る。苛立ちは、大きい。
ただ、シャンクスは副船長が死んだとは思ってはいなかった。それは現実からの逃避ではなく、シャンクスの持つ獣染みた野生の勘だ。そして、シャンクスのその勘は、肝心なところで外れたことがないのもまた事実だった。








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地味に続く。


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