白刃の城book

□氷の上のメサイア
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2.



船の上から見た島は、見渡す限りでは人が住んでいるようには見えなかった。
鬱蒼とした森が広がり、ギャアギャアという鳥やら獣やらの声が聞こえる。
シャンクスは素早く荷物を纏めると、浅瀬に降り立った。こういった島に上陸する時はいつも少人数での探索隊を出す決まりになっている。その先頭に立つのは毎度のこと、言わずもがな船長であるシャンクスなのだ。普通はどうだが知らないが、船長自ら未開へ旅立つのを、クルーは誰も異論を唱えたりしない。シャンクスの勘はこういう時凄い役に立つ。危険察知も早いし、正確だ。ただ、危険ごとに首を突っ込まないかどうか、ということはその時のシャンクスの気分次第なので、安全かどうかということには首を傾げるしかない。

「よ―し、ルウ、エドガー、ディルタ、ついてこい!ヤソップ!後は頼んだぜ!」
「アイ・サー、任せろ―」

景気よく返して、ヤソップは指示を出すために踵を返す。その脇をルウ他二名が走り抜け、飛び降りた。
砂浜は柔らかく、見たところきれいだった。ボトルの一本も落ちていない。碧の海を歩き、シャンクスは島の奥へと足を進めた。
少し進んだところで、甘い香りが鼻を掠めた。キョロキョロと辺りを見回す。すると、木の上に黄色い実がなっているのを見付けた。シャンクスはそう太くない木の幹に手をかけると、身軽に登って行く。その様はサルに似ている、とディルタは思った。
山吹よりも少し濃い黄色の実を一つもぐと、その匂いを嗅いでから、小さくかじる。咀嚼して、シャンクスはにんまりと笑った。

「甘ェ」
「んじゃ、帰りに少し持って帰ろうぜ」

シャンクスに放ってもらった実を同じ様にかじりながらルウはエドガーに合図する。了解、と頷いて、エドガーは木にマーキングした。
野生の木の実は人間が食べられるものとそうでないものに分かれる。大体は持ち帰ってコックやドクターに調べてもらってから口にするが、シャンクスは動物並みの嗅覚を持っており、それが人の体に害があるかそうでないのかを瞬時に見極めることができるという特技を持っていた。ベックマンに言わせれば、シャンクスだけが免疫を持っており体に何の症状もでないものもあるので、一概に便利だともいえないとのことだったが、それでも食べ物探しが大分楽だという事には変わりないことだった。

「どうする?」

ルウの問いに、木から飛び降りたシャンクスが答える。

「船から、海へ流れ込む小川が見えた。泉が有るなら水の確保が出来る。それに、薬草が取れるかもしんねぇ」

ま、ドクターじゃねぇから草なんて何れも同じに見えるけどなぁ。
からからと笑いながら、シャンクスは尚も足を進める。その洞察力に感心しながら、ディルタは後を歩いた。
ディルタはルウやヤソップのような古参とは違い、赤髪の船に乗ってまだ半年のルーキーだ。だが、赤髪の船長―つまりシャンクスはそういった隔たりなく平等に扱ってくれる。初めはそれに驚いたものだ。だが、在るのは馴れ合いだけではなかった。皆がきちんと一線を認知していた。ディルタは幸いなことに、それにちゃんと気付いて、己の立場を理解した。それが解らぬ者は船を下ろされたり、戦闘で早々と命を落としていった。別に、誰かが手を下したということではない。船内での一線を読み取れないものが、戦闘で生き残れるわけがないのだ。
愛嬌と、寛大な心を持っている、それが赤髪のシャンクスだとディルタは認識している。だが、戦闘中のシャンクスは獣だ。縄張りを荒らされた獣。しかも空腹時に。荒々しく、手に負えない。そんなシャンクスに唯一縄をかけられるのが、副船長であるベン・ベックマンであった。彼がいないシャンクスは、まるて手負いの獣のようだ。言葉は通じない、何も受け付けない、ただ自分以外のものに殺気を叩き付けるケモノ。今は上手く隠しているようだが。そう、思うのだ。

「――――――家だ」

ディルタの思考を破ったのは、エドガーの呟くような声だった。顔を上げれば、確かに小さなログハウスのようなものが視界に入る。突き出た煙突からは煙が上がり、無人ではないことを知らしめていた。

「よし、エド、着いてこい。ルウとディルタはここいら近辺を探せ」
「はいヨ」
「エドは裏に回れ、俺は家に入る」

言うが早いが、シャンクスはあっという間に茂みを抜け、家のドアをノックしていた。エドガーは一応頷いて、気配を消しながら裏に回る。

「もーしもーし、誰か居ねェの?」

ガンガンとドアを叩いてから、右手に呼び鈴があったことに気付く。少し気まずげに頬を掻いてから、シャンクスは垂れ下がったロープを引いてベルを鳴らした。
カランカラン、という小気味良い音が響き、続いて中からのんびりと間延びした声が聞こえた。

「はーい、…どちら様でしょうか?」
「急に悪いね。ちょいと聞きたいことがあるんだけどさ」
「暫し御待ちを。客人なんて、久方ぶりだ」

カチャリ、と錠が外される音がして、扉が動いた。シャンクスは相手の顔を見る前に、素早く部屋の見える範囲内に視線を巡らせ、そして人好きのする笑みを浮かべた。

「まさか家が在るなんて思わなかったよ。てことは水が有るんだな?助かった」
「遭難でもしました?それにしては健康状態は良さそうだ」

家の中から姿を現したのは、黒縁の眼鏡をかけ、癖のない黒い髪を左に流した、スラリとした男だった。身長はシャンクスと同じくらいだろうか。瞳は深いブラウンだ。

「遭難しかけだった、っていやぁいい?人を捜してるンだよ俺たち。あ、何か食えるモンある?あの黄色い実の他に。あと酒とかもあると有難いンだけど無さそうだよなぁ…。此処、クルクスじゃあねぇよな?此処に住んでんの?アンタだけ?」

自分の疑問のみをノンブレスで言い切ったシャンクスを見ながら、男は苦笑した。扉を大きく開けて体を捩るとシャンクスを中に入るよう促した。

「立ち話も何ですし、どうぞ。お茶くらいなら出せますよ。良かったら夕食でもご一緒させて下さい」
「そりゃありがてぇ」

ニカリと大きく笑めば、男も微笑する。
男がシャンクスに背を向けたのを確認し、さりげなく背後で合図を出して、シャンクスは後ろ手にドアを閉めた。男はキッチンで湯を沸かしている。嗅いだことのある匂いが部屋に漂う。確か、昔ベックマンが入れてくれたハーブティーの薫りだ。シャンクスの口には合わなかった覚えがある。

「大したものは出せませんが…」

男はそういって、何の花だかは解らないが鮮やかな朱色の花が咲くティーカップを、シャンクスに差し出した。
シャンクスはそれを受け取って、眼を瞑って薫りを肺一杯に吸い込む。何故だか、酷く懐かしかった。郷愁などとは違う、別次元での哀愁に似た感覚に暫し戸惑う。
やがてシャンクスは、カップにゆっくりと口を付けた。











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