白刃の城book

□one ture love
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ゲホッ、ゲホッ、…ケホ。
丑三時を少し過ぎた頃だろうか。辺りはしんと静まりかえり、波の音すら微かに聞こえるくらいな闇の中、俺は一人便器を前にして蹲っていた。便座相手に愛を語るなんて真似、俺だってしたかねぇが、離してくれねぇんだ、これが。――…嘘だよ、俺が離せねェの。
当たり前だがこんな時間に店の灯りがついてるわけもなく、コック共も寝静まって…いるわけじゃないが、夢の国の住人になっている。鼾とか五月蝿ェんだよな、あそこ。
俺が一人でアルマンドを踊っている理由は解ってる、夢のせいだ。久しく見なかった夢だった。それはグロテスクで腹立たしくも美しい夢だ。俺にとってはトラウマであり、宝物でもある、あの、時間。クラシカルなBGMにも似た耳鳴りの中、現実で起こったことに脚色つけて夢にまですがる俺って、一体。

(――チクショウ、全部ジジイのせいだ)

あの、年を取っても変わらない鋭い眼光を思い出して俺は身震いした。頭からゼフの姿を思い描き、踝まできたところでフラッシュバック。まるで眼球の毛細血管が破裂したんじゃねぇかってくらい眼の前が真っ赤に染まって、俺は便器に頭を突っ込んだ。もう戻すもんなんか何もねぇのに、俺は嘔吐く。嘔吐き続ける。何だか情けなくって視界が滲んだ。でも、俺にはこれが必要なんだ。
アンタは馬鹿だと、呆れたようにいうんだろう。どうせなら罵ってくれればいいのに。だけどアンタは優しいから、馬鹿な子どもを宥めるように、温かな瞳で俺を見る。
生きるか死ぬかの瀬戸際で、俺はジジイに生かされた。だから俺はジジイの横で以外死にたいなんて思わないし、ジジイを死なせるなんてことをこれっぽっちも考えやしない。俺が守るんだから当たり前だ。俺はそうしなくちゃいけないんだ。使命感にも似た、でもそれはただのエゴで、ジジイは良い顔をしない。傲慢な俺の大いなる錯覚だと言い放って下さった。解んネェかな、俺はその錯覚にすがりついていたいんだよ。
俺は生かされた。だから、俺はジジイの傍にいなきゃならないんだって、こじつけてやっと俺は安心する。ジジイを守らなきゃいけないから、右足の代わりに、だから。ジジイの隣にいてもいいんだって。
そうさ、俺は理由をつけなきゃ納得出来ないケチな野郎なんだ。俺が此処に居られれるように理由を下さい。――でもアンタは優しいから、俺が苦労して並べた理由ってやつを、片っ端から蹴り飛ばしてしまう。憎たらしいほど見事な蹴りは、俺の外面を強くして、内面を脆くしていく。ボロボロボロ。いっそアンタに壊して欲しい。それとも、俺はもう壊れてンのかな。
――ッオェ…ェ。
胃液を戻して、俺は笑った。笑ったよ、ケラケラケラ。
俺はアルゴラグニアなのかね。生粋のマゾヒスト、でもサディストもマゾヒストだって彼の有名なフロイトさんも言ってるよ。あぁ、このリビドーは、おおよそ生殖活動とは結び付かない本能だ。壊されたいボロキレのようになって床に放り出されて、踏みつけられて、蔑むように俺を見て。バカな子どもだと、嘲笑って。
ゾクリと背筋を駆け上ったのは悪寒にも似た快感だった、間違えるはずがないよ、この俺が。嗚呼、クソジジイ、大好きだぜ!お先真っ暗だ、好きすぎて世界が終わっちまうくらい。アンタと出逢って、俺の価値観は一転し、世界観はそりゃあ見事に狭くアンタ一色になったんだ。
オールブルー。それを口にしたガキンチョ一人の為にアンタが棄てた右足は、アンタが賭けた分に見合うモンだったかね。キラキラキラキラ、光った世界を、アンタは望んでいたのかね。御生憎様、俺はアンタの期待にゃ沿えねぇよ。俺はアンタの傍に居るんだ。ずっとずっと、ずっとずっと。アンタが要らないっていったって、ず――っと、俺はアンタの右足で在り続けてやる。
パタパタと、涙が床に落ちて弾けた。あぁもういっそのことこの涙みたく弾け飛んで消えちまえばいいのに!クツクツクツ、喉で笑った、あはははははは!!俺に帰る場所なんかないんだね!何て滑稽なデラシネなのか!!

「―――…何してやがる」

訝げな、声。俺の大好きな、救世主サマの声がして、俺は涙と鼻水でグチャグチャな顔を上げた。口の周りには汚物だぜ、幾ら基が良くたって見られたモンじゃねぇよ。でもジジイの俺を見る眼は、何時もと変わりなかった。バカな子どもを見るような、温かい眼をしてるんだ。あの、ジジイの眼がだぜ?笑っちまう。

「また、眠れないのか」

大きくて温かいジジイの手が背中を撫でる。ゾクゾクとした感覚は消えて、じわじわと広がった、安堵。バカみたいに涙が溢れた。こんな感情にも名前をつけるなら、嬉しさ、だったんだろう。狂気と同等の狂喜。俺はまた吐いた。ジジイの優しさが気持ち悪くて。嗚呼、矛盾してるな。

「大丈夫だ、チビナス」

低くて、静かな、ジジイの声。ガキの頃はこの声に身を委ねて眠るのが好きだった、というか、この声がなくちゃ眠れなかった。というか、何が大丈夫なんだか。俺の大丈夫はアンタにとっては大丈夫じゃないんだぜ。なぁ、痛いよ。きっとアンタのことだから、俺が思ってることなんかお見通しなんだろうけどさ、大丈夫って、何がだよ。そう思ってしまう俺も大概終わってる。

「大丈夫だ、サンジ」

名前を呼ばれて、耐えられなくなって、俺はジジイの首にすがりついた。ああぁぁああ、アンタの優しさは時に罪だと思う。俺を奈落の底に突き落としておいて、時折光を見せ付けて、恰もまだ希望があるように錯覚させるのだ。愚かな俺は倒錯して、その希望にしがみつく。まやかしだとも解らずに。それでも、それでも俺は幸せなんだ。まだ、俺の視界の中にアンタが居るから。居てくれるから。ああああこれも愚かな思い違いなんだろうか。

「――っあ、ああぁァアアンタが」

嗚咽混じりの声は震えていて、小さいながらもヒステリックに耳に届いた。涙が止まらねぇよチクショウ。俺の精神はちっとも成長してくれちゃいねぇみたいだ。俺の不確かな存在を支えてくれているのは、やっぱりアンタなんだ。

「アンタがいなくちゃ、ダメだッ」

まるで呪いだ。これでアンタが居なくならないというのなら、俺は自分がどうなろうとこの呪いの言葉を唱え続けるだろう。

「好きなんだ、ジジイッ!」

耐えきれなくなって叫べば、アンタが優しい嘘をついてくれると知っているんだ。甘美な、呪咀をアンタは紡ぐ。そしてまた俺はアンタの虜になる。嗚呼なんて不毛な悪循環。でも、俺には必要なんだ。優しい優しい、アンタのウソが。

「此処に、いるだろ?俺は、テメェの隣に居るから、もう泣くな、チビナス」

チビじゃねぇのに、もうチビじゃ。でもアンタの中じゃまだまだ俺はチビなのかも知れない。なんか、もう、今はそれでもいい気がしてきた。アンタが居るから、優しいから、だから。

「ジジ…イ……」

涙はいつの間にか止まっていて、背中を撫でる無骨な手が温かくて、俺の思考はホワイト・アウト。
俺が一人で踊ってたアルマンドは、いつの間にかジジイと二人でのパヴァーヌに変わっていた。そんなことにも気付けずに、俺はあたたかくて残酷なジジイの気紛れな優しさの中、またあの美しくもグロテスクな夢を魅る。いつか、何時の日にか、アンタと二人きりで。





one true love
(一度限りの真実の愛)






ゼサ。限りなくゼ→←←←←サに近いゼサ。最早サンジの片想いでも良い勢いだ←ちょ
何か書きやすかったな…病んでるのかな(←…




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