白刃の城book

□虚空への一歩
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BSRでなんとなく武田主従。
館←幸+佐、になるのかなぁ?





尊敬している。
国を知り政を知り人を知る、大地のように寛大でどっしりと大きく構えた御方だ。
あの御方の一言は某を奮い起こさせる。
ただお側に仕え、共に戦場を駆け巡れたら、と。
某は寝ても覚めても、ただ一人を想い生きるのだ。









「旦那は本当に大将のことを尊敬しているんだねぇ」

ぱちり、と音がしそうな程大きく瞬いた幸村を見詰め、佐助は口元を歪めて苦笑した。

空は思わず口を開けたまま見上げてしまいそうなくらい青く突き抜けており、時折頭上を鷹が旋回する。
中庭で槍を振るっていた幸村の横で、佐助はその様子を縁側に腰掛けぼんやりと眺めている、いつもの光景のはずだった。どこから主の話題が出てきたのか幸村には解らなかったが、敬愛する主の名前が出た時点で、幸村がその話題を無視できるわけがなかった。
幸村はゆっくりと佐助を振り向くと、生真面目な表情を浮かべたまま肯定する。

「某、お館様の為になら命をも惜しまない覚悟」
「それって、死んでも良いってこと?」
「某の命がお館様の礎となるならば、悪くはないことだと思うのだ」

それが幸村の本気であるということは、佐助でなくとも解っただろう。それほど幸村の瞳は直向きで、澄んでいた。
佐助はそっと息を吐く。お館様、お館様、お館様。まるでそれ以外の人間の名を知らないように、幸村の瞳は常に一人を追い、口は常にその人を呼ぶ。鴨の刷り込みよりも質が悪いように思えてしまうのは仕方ないことなのかも知れない。

「旦那ってさ、大将のこといっつも見てて、大将のことなら誰にも負けないって感じなのに、そういうこと言うんだね」
「なんだと?」

佐助の言葉に幸村はムッとしたように顔を顰める。

「某が他の者より劣っていると申すのか」
「違うよ。実際、旦那は大将のことを良く見てる。或る意味獣並みの嗅覚を持ってると思うしね」
「なら…」
「――でも、盲目的な敬愛は危険だ。旦那の場合は崇拝ともいえる」

佐助はへらへらと薄笑いを浮かべていた表情から一変し、牽制するかのような厳しい表情を浮かべた。
雲のない青空を遮る物はなく、真田の顔は光に照らし出され、佐助は屋根の影で余計に暗く見える。忍びの運命を物語っているようだ、と佐助は思った。幸村は光の側の人間なのだ。

「それ、大将に言ってご覧。ねぇ、旦那。どうして一緒に天下取りを見ようって言えないの?どうして一緒に生きたいんだって、言えないわけ?」
「……佐助は、言えるのか」
「あのねぇ、俺と旦那じゃ立場が全然違うでしょう」

呆れたように言って、佐助は困ったように頬を掻く。

「俺様は忍びなんだよ、旦那」
「某だとて、一介の兵士に過ぎぬ」
「師弟じゃないか、親子みたいだという輩もいるよ」

宥めるような口調の佐助に、幸村はむう、と小さく唸って俯いた。
真田が何に悩んでいるのか、佐助には大体予想が出来た。勿論、確認したわけではないが、幸村は態度に素直に出過ぎるのだ。微笑ましいといえば、微笑ましいのだが。

「結局はさ、一人で悩んだって仕方がないんだよ、旦那。大将に訊いてみないと、旦那じゃ大将の気持ちは解らない」
「でも、何度も何度も考えてみた」
「考えて、答えは出た?」

佐助の問いに、幸村はふるふると首を横に振る。

「ね?旦那は大将じゃないから、結末なんて解らない。…大将が、最近旦那の切っ先に覇気がないって言って心配してたよ?」
「…お館様が?」

ぱあ、と一瞬表情が明るくなるも、直ぐに曇ってしまう。

「お館様に要らぬ心配をかけてしまうなど、精進が足らぬ…!」
「はいはい。行って来なよ、大将のところ」

しかし、と渋る幸村の背を押して、笑いながら突き放した。そうすれば渋々ながらもきちんと信玄の元に行くことを佐助は知っているのだ。
ちゃんと話してくるんだよー、と大声で見送って、佐助は溜息を吐いた。それは憂鬱なものではなく、どこか笑いを含んだものだった。


「(あーぁ、俺様、旦那の母親にでもなった気分だよ!)」









* * * * * * *










「お館様、幸村にございます」

障子越しに声をかければ、書き物をしていたのだろう、筆を置くかたんという軽い音が聞こえ、次いで入れ、という短いが力強い声が幸村の耳に届く。
は、と短く返事をし、幸村は息を吸い込む。そっと戸に手をかけ開けば、そこには微かな笑みを浮かべた信玄が居た。それだけで幸村は自分の体温が上がるのを認めぬ訳にはいかないのだ。

「どうした幸村」
「その、…申し訳ありませぬ!!」

主語のない幸村の言葉は時に難解だ。信玄は考えるように顎を手でなぞったが、思い当たる節がない。

「良い、面を上げよ。して、何の事だ?」
「某、もっと精進致しまする!お館様のお役に立ちたいのです!」
「慢心はいかんが、お主は今でも十分役に立っておると思うがの」
「勿体ないお言葉…!!」

再び叩頭した幸村に軽く笑った、信玄はぐしゃぐしゃと幸村の頭を撫でた。それに驚いた幸村は、みるみるうちに顔を赤くし、畳に額を擦り付ける寸前まで身を低くする。

「こ、子どもではありませんぞっ」
「解っておる、この度の戦での功績を考えればお主を子ども扱いなど出来ぬわ」
「この幸村、見事お館様のお役に立って見せまする」
そこまで言って、幸村は先程の佐助の言葉を思い出した。
『旦那ってさ、大将のこといっつも見てて、大将のことなら誰にも負けないって感じなのに、そういうこと言うんだね」』
それは、どういうことなのか。お館様のことを思っての言葉だ。何がいけないのか。幸村はぐっと畳についた拳に力を入れる。

「お館様の為になら命をも惜しまぬ覚悟」
「ほう、儂の為になら死ねると申すか」
「お館様の為だけに幸村は居りまする」

本心を伝えたつもりだった。幸村には信玄が全てで、もしもこの世から信玄が居なくなったなら、この世に止まる意味もないと考えてしまうほどに、ただただ妄信していた。だから、ばかもの、と短く怒鳴られた時は、幸村は訳がわからず信玄を呆然と見上げることしか出来なかったのだ。

「老兵は去るのみというであろう、幸村。本当に儂のことを想うならば生きて見せよ」

「しかしお館様、お館様が居ない戦場でこの幸村にどう生きろと申しますっ」
「ならば死なせぬよう、生きよ。お主が死んだら、その後誰が儂を守るというのだ。儂の背中を守る役を、お主はお主以外の誰に委ねるというのだ」

幸村は言葉無く信玄を見詰めた。見開いた瞳は乾き、じんわりと潤みを帯びる。

「幸村は…、お館様と生きとうございます…!」

ぽたぽた、と大粒の涙が畳を叩いた。それは降り始めの雨が屋根を叩く音に良く似ていた。

「もっともっと精進して、お館様の背を守り抜きまするゆえっ、どうか、どうか置いていかないでくだされ!!」
「何を言うか、幸村。儂は愛弟子を置いていくほど人でなしではないぞ」
「お館様……!」
「精進せい、幸村。そして生きよ。儂と共に天下をとろうぞ」
「有り難きお言葉…、幸村は幸せ者にございまする」

ついに堪えられなくなり、幸村は信玄に抱きついた。信玄は慌てることもなく慣れた手つきでその髪を梳いてやる。それにぎゅうと胸を締め付けられるような気分になりながら、幸村は嗚咽を上げた。





尊敬しているのです。
そのお姿が、声が、手の動き一つさえ某を翻弄させる。
ただお側に仕え、共に戦場を駆け巡れたら、と。
それだけで良かったはずなのに、某はどうしてしまったというのでしょう。
寝ても覚めても、貴方様のことしか頭にありません。
どうか、どうか。死してなお、お側においてくださいまし。










虚空への一歩
武田主従が愛しくてしかたなくって、勢いで書いたらなんだこりゃ。
取り敢えず真田はお館様大好きっこだと思う。





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