白刃の城book

□甘さ控えめの関係
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別に断られたら断られたで困ることなどなかった。一泊するくらいならいくらでも宿は見つけられる。
練習は夕方で終わっていた。家に戻りシャワーを浴びて、そこで何となく、本当に何となくまた外出することにした。服を選ぶのが面倒だったので上にはまたジャージを着た。デザインには興味がなかったが、動きやすいところだけは気に入っていた。親には出て来るとだけ言っておいた。
人の通りがまばらになった道を特に何も考えずに進む。河川敷沿いに歩けばまだ日が長いからか子どもの声とボールを蹴る音が聞こえる。無意識に心亜はそちらに足を向けた。
数人の子どもと心亜と同じくらい年の青年がサッカーをしていた。心亜から見るとけして上手くないボール回しをしている。お遊びだな、と心亜は冷めた視線を送る。あっ、という声が聞こえて、パスミスによってか心亜の足元にボールが転がってくる。
足で止めてそちらを向けば、あの人だ、と青年が呟くのが見えた。心亜の耳にそれは届かなかったが、彼は人々の視線の意味を知っていたので気にしなかった。知っているだけで理解までは至らず、また、興味もない。
心亜は冷めた目のまま青年に向けて思い切りボールを蹴って、しかしそれの行く先を見ることなく背を向けた。何てことのない日常だった。心亜は何も感じなかった。
軽いデジャブ。彼のところに押し掛けたのはそこから生じた気まぐれだった。



勇志の家には彼の布団しかなかった。どうやらベッドを心亜に譲ることにしたのか、勇志は押し入れからまだ出す予定のなかった冬用の毛布を一枚引っ張り出して居間に敷いた。先ほど心亜が掴んでいたクッションを枕にするらしくその上に放る。
ジャージで寝るなよと勇志に差し出された垢抜けないスウェットを心亜は大人しく着てベッドに潜り込んだ。ジャージの中は着替えたばかりで汚れていなかったが半袖では寒いだろうと思ったからだ。サイズはほとんど変わらなかった。着替えた心亜を見た勇志は似合わないな、と可笑しそうに笑っていた。
結局彼は甘かった。かつて心亜が嫌った甘ったるさが向けられることはなかったが、それでも彼は甘かった。
もし自分が吏人だったなら、と有りもしない想像をしかけて思考が冷えていくのが分かり、心亜は腹立たしげに寝返りをうった。今日は空気が冷たい。見慣れない壁をじっと見る。

「眠れないのか?」

淡々とした静かな声が聞こえた。少しだけ体を回してちらりと目を向けると、勇志が体を起こしてこちらを見ていた。髪を降ろし眼鏡をかけていない彼はひどく見慣れない。一瞬知らない人間のように見えて心亜は息を飲んだ。

「そういう時はヤギを数えるんだ」

それは羊だろうと心亜は思ったが口にはしなかった。そしておやすみ、と言われたが心亜は返事をしなかった。勇志はまだ体を起こしたままだ。こちらが寝るまで起きてるつもりなのだろうかと心亜は苛立たしげに布団を頭から被る。家とは違う匂いに少し落ち着かなかった。どうせ今日は眠れない。彼が寝たら何か悪戯をしてやろうと決めて目を瞑る。
目を開けると既に朝だった。
おはようと言うユーシが妙に腹立たしかったので、挨拶代わりにホットミルクが飲みたいと我が儘を言った。







***************おまけ


「おーっす」
「ユーシ!」

いきなりグラウンドに現れた恩師に吏人が驚いたように声を上げた。近かったから来てみた、と勇志は笑って言った。駆け寄ってくる吏人の頭をぐしぐしと上から圧力をかけて撫でてやれば、縮むだろと口では言っていたがさほど嫌がる様子は見えない。
いつもより三割増でぼさぼさになった吏人を勇志の影からひょっこり顔を出して心亜が馬鹿にしたように軽く笑った。急に現れた心亜に驚いたものの、それが気に食わなかったのか、すぐ吏人の顔が僅かだったが不機嫌に歪む。

「何でいんだよ」
「何故って、それは昨日ユーシさんのトコにお泊まりしたから」

心亜が平然と言ってのけると今度は切り返せず、吏人は目を丸くして動きを止めた。それを見て心亜は気分を良くしたのか更ににやにやと笑う。

「初めてだったんDeathよねー?」
「まあそりゃ、なんの準備も出来てなかったから分かるだろ。ったく、もう泊まりにくんなよ」

おかげでそこら中痛い、と勇志はごきりと嫌な鈍い音を立てて首を鳴らした。こたつでうたた寝することはあったが、体中が固まってしまったような感覚は慣れることがない。帰りに久々に整体でも寄ろうかなぁ、と来て早々に帰り道に思いを馳せた。

「ユーシ!オレもユーシんち泊まる!」
「話聞いてたか?」





11.03.26

シアンの言い回しは天然でも確信犯でも。リヒトは負けず嫌い。きっとお泊まりイベント発生します。

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