白刃の城book

□まくまこ
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平田の機嫌は最低最悪だった。
起きてすぐに昨日の夜の記憶を辿り、自分は何を口走った、と息が詰まった。背筋がぞっとする。
いっそ記憶が無くなるほど飲めばよかったと思ったが、彼の前で痴態を晒してそれを自分が覚えていないとなればそれこそ息も出来ないだろう。
携帯を開けば恋人からメールが五件と着信が三件あった。時間を見ると自分が酔っている頃か寝てしまった頃だろう。返信しようとボタンを押したが、書くことに困ってしまったので結局返信はしないまま携帯を閉じた。
布団を被ってしばらくじっとしていたが、思考は忙しなくぐるぐると巡り、平田は耐えきれなくなって布団を跳ね上げると携帯を手に取った。発信履歴に最も並ぶ番号を選びダイヤルする。呼び出し音が数回鳴ってから、ぷつりと繋がった。

『もしもし?』
「……及川」

電話越しであったが聞き慣れた友人の声に情けないほどに安心して平田の声は掠れてしまった。
それだけで異変を察知したらしい及川はどうしたの、という言葉は発されなかった。
遠くから誰か別の人の声が聞こえ平田はそれを聞いた瞬間思考が冷やされた。及川が誰かといる可能性を考えていなかった。

『今家にいるの?』
「ああ……いや、別に何でもない」
『今から行くね』

来なくていい、と言う言葉はぷつりと電話が切れた音に閉ざされた。
及川の都合も考えずに電話をして心配してもらって迷惑をかけて、しかしそれにひどく安堵する自分が嫌になる。
及川は良い友人だった。いや、良い人間だった。平田と及川は高校の時の試合で知り合い、その後たまたま道端で会ったことをきっかけに、良く連絡を交換し外出するようになり、それからずっと関係は続いている。
早い段階で万玖波への恋慕を自覚していた平田はたまたま及川にそれを話す機会があった。及川は気持ち悪がるでもなく、呆気ないほどすんなりと受け入れ、露骨に応援するわけでも遠巻きに見るでもなく、ただ平田の傍で話を聞いていてくれた。
一度だけどうしてお前は献身を厭わないのかと尋ねたことがある。
及川は献身ではない、と言った。しかし誰かを支えられることが自分の誇りだとそう言って笑った。
平田か胸が締め付けられるように思いながら、お前のこと好きになれば良かったとひとりごちたら、及川は平田を見ながら困ったように笑った。
及川は高校二年から三年にかけて急速な成長期を迎えたのか、高校卒業時には平田に迫るくらいの身長にまで達していた。辛うじてまだ平田の方が背が高いが、どうやら20を過ぎた今でも少しずつ伸びているらしいから、抜かされるのも時間の問題だろう。
携帯で時間を確認してふらふらと立ち上がると平田は冷蔵庫の中身を確認する。この間買い出しに行ったのでとりあえず一通りは何か作れそうだと息をついた。まだ昼前だ。及川は何が好きだろう、と昼のメニューを考える。頭が不自然に昨日の夜を避けていて、平田の意識は半ば眠っているようだった。

ピンポーンとインターホンが鳴って平田は玄関の鍵を開けに行く。

「来ちゃった」

そうコンビニの袋を掲げて笑う及川は平田の様子が存外落ち着いていることに安堵したようだった。

「早かったな」
「うん、たまたま近くまで来てたから」

お邪魔します、と靴を脱いで部屋に上がる及川はいつもと変わらない。それに平田はようやく上手く息をすることが出来た。



11.05.11

二人は友達。

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