※多少暴力的な表現有

高い位置で結った髪を背後から軽く引っ張られた。確認しないでも分かる。何も言わずに髪を引っ張って勇志のことを呼ぶのは心亜だけだったがそれ以前に勇志の家にいたのは勇志と心亜だけだ。
ぽつぽつと他愛ないことを話し、短いがそれほど苦痛でない沈黙を共有することが出来るようになったのはつい最近のことで、勇志は引っ張られる力に抵抗しなかった。

「どうした?」

シアン、と振り向いて言いかけたところで膝の裏を蹴られ背中を押された。急な出来事に勇志はそのまま床に倒れこむ。
倒れる際に手をついて畳と仲良くなることは免れたが、背中を踏まれ肘をつくはめになった。ぐいっと髪を掴まれて口から小さく声が漏れる。引っ張られているせいで背後にいる心亜の方は見えなかった。

「ユーシさんって何で髪の毛伸ばしてるんDeathか?」

まさかこんな状況で理由を聞かれるとは思わなかったのか勇志は動きを止めた。それに何を思ったのか心亜の目が細められる。口角は上がっていたが目は笑っていなかった。心亜の笑い方はいつもそうだ。勇志の位置からは心亜は見えない。
じゃきん。
ややくぐもった鈍い音が勇志の頭上から聞こえたのと同時に引っ張られる力から頭が解放され、勇志は息を詰めて畳と至近距離でお見合いをした。髪を結っていたゴムが首筋を滑って落ちていったのが分かった。

「はい、サッパリしましたぁー」

わざとらしく間延びした声と同時にがしゃん、と放り出された鋏は畳を滑り動きを止めた。少し切れ味の落ちたそれは勇志の家のテーブルにあったものだった。
心亜の足音が遠ざかり、ぱたんと場違いなほど軽く扉が閉められたのを背中で聞きながら勇志は頬を畳に押し付けてゆっくりと目を瞑った。
頭皮へのダメージはそれほど深刻ではなかったが、首や背中や腰、その他打ちつけた諸々が地味に痛い。
心亜と向かい合うようになってしばらくだが最近は、穏やかとは言わないが、大人しくなっていたので油断していた。
無理矢理にじゃれつくように構えば、口でもサッカーでも心を折れないことに気付いた彼は突拍子もなく手が出るようになった。本気ではないそれは勇志にとっては子どもの可愛い反抗にしか過ぎなく、しかし例えそれが本気でもやはり反抗期という括りにしかならなかった。
首が熱を持っているような気がした。いつまでもこうしているわけにはいかない、と勇志は起き上がった。
畳の上に不釣り合いな黒髪が散らばっている。立ち上がると背中からも重量にそって髪が落ちた。うなじに当たる髪がない違和感。

(なんかホラーっぽいな)

自身の幼稚な発想に苦笑しながら適当に手でかき集めてビニール袋に詰め込むと、ごみ箱へと落とした。軽い音だった。
がしがしと頭を掻けば、はらりはらりと切られた髪が落ちてきて、勇志は整えるついでにシャワーを浴びることを決めた。足元に落ちていたゴムを見てもう使うことはないだろうとは思ったが、何かを止めるくらいには使えるだろうと手首に通した。

洗面所の鏡を見た時、勇志は自分のことにも関わらず惨状に笑ってしまった。結った状態で切ったため長さがまばらで、しかしサイドだけ長いおかっぱにも見えたためだ。
新聞紙を引いた上に座り、軽く自分で鋏を入れて整えながら、髪を切られたくらいまぁいいかと勇志は思う。心亜が思っているほど髪に執着はしていなかった。心亜の気が済むのなら髪くらいくれてやった。しゃきん、しゃきん、と軽い音だけが部屋を支配する。
ただ、と勇志は目を伏せた。心亜は素直に勇志を呼ぶことが出来ないのか、髪を引っ張ってその代わりにしていた。その引っ張る髪がなくなってしまった今、心亜は自分を呼べないのではないかと勇志は悲しくなった。





拍手ありがとうございまいた。
リヒトの羽みたいにユーシのポニテもブチブチもといちょきちょきしたくなったので。
しかしこのユーシある意味残酷。






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