妄想の泉
□ホット
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正宗はコンビニの一角でぴたりと足を停めた。
「お?珍しいな」
阿部の声にちらりと視線を移すと、そこからは何も取らず足を進める。
「買わないのか?」
「ああ」
「さっむ〜」
白い息を吐きながら則宗は寮へと急ぐ。
折しも今日はヴァレンタイン。ではあるが、世間一般のそんな風潮など鼻で笑い、足早に入り口を潜った。
チョコレート?要るかよ、んなもん。
所詮男ばかりの集まりの中で、そんな物を求める方が間違っているのだと則宗は鼻を鳴らした。
部屋へ入ると阿部がポカンと丸い目をして見返してくる。
「何だよ」
「オマエ、鼻真っ赤」
「うるせぇ」
さみぃんだよと毒づきながら着替えると、財布を持って部屋を出る。
「何処行くのよ」
「自販機」
取り敢えず暖かい物をと足早に進む。
部屋に帰る前に行っても良かったのだが、荷物をもってうろうろするのが嫌でそちらを先に選んだのだ。
しばらく歩くと目的の場所が目に入る。そこに見える見慣れたシルエットに則宗は眉を歪めた。
「遅かったな」
掛けられた言葉に則宗は舌打ちをする。
「薄情な誰か達に置き去りにされたからな」
先に帰る準備をしたのは則宗である。しかし、教室に忘れ物をした事に気付き戻っている間に置いていかれたのである。
「先に帰れと言ったのはオマエだろう」
「…」
それでも、待っていてくれるだろうと考えていた自分が甘かったということか。
「あぁそうですか」
則宗が目を逸らすと、正宗は小さく溜め息を吐いて何かを買った。
「待っていて欲しかったんなら言えば良かっただろう」
「うるせぇ、いらねぇよ」
尚も素直になれない則宗に正宗は何かを押しつけ無言でその場を立ち去る。
「…?」
則宗が手元に目をやると、渡されたものはホットココア。
何で、ココア?
取り立てて好きなわけではないが、有り難く貰っておく。
掌を暖めながら部屋に戻ると、阿部が寛いだ様子で振り替える。
「お、お帰り。遅かったな」
「ん?ああ」
則宗の手の中に視線をやると、ニヤニヤと笑いだす。
「…何だよ」
「いいえ、こんな日に自分でココアとかねぇ」
こんな日?
含みの有る言い方に則宗は首を捻る。
「つか自分で買ったんじゃねぇし」
「お?そりゃまた意味深な」
何が意味深なのかと考え、はたと思いつく。
「バカ言うな、こりゃ正宗から貰ったんだっての!」
「へ〜」
そりゃ良かったと呟く阿部に何が良かったのかと首を捻って缶を開ける。
暖かくてトロリと甘い液体に則宗はホッと溜め息を吐く。
甘い。
体に染み渡る暖かさに則宗は小さな笑みを零した。