言の葉を紡いで何処へ行く

□あかとんぼ
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   あかとんぼ
 

 赤く染まった大空に、
 ふうわりと飛ぶのは赤とんぼ。
 聞こえてくるのは蜩の声。



 三成の屋敷近くに来ていた幸村は赤く染まった夕焼けを見上げる。
 いつもの戦闘用の服ではなく、朱色の着物に懐刀のみを持ち、三成の屋敷に向かう道中見えたススキの穂にふとその視界を奪われて。
 まだ完全には開ききっていない、然し大方開き始めた穂は、遠目に見ているだけであればもう全開のそれと大差ない。


 
 三成は屋敷の中で幸村が来るのを待っていた。
 文を受け取り、それから今日という日が来るのを、そして幸村が到着するのを。
 だが、もう日も落ち始めたというのに彼はまだ来る気配がない。
 何かあったのだろうか、とは思うものの、誰かを使わすことも出来ず、己の部屋のなかで空を見上げながらずっとそわそわしている。
 蜩の声が聞こえた瞬間、三成は立ち上がった。
 そのまま紺色の部屋着のままで屋敷の外へ向かって歩き始める。
 まっすぐな足取りに、小姓は慌てるものの止めるには至らない。
 


 
 屋敷の外に出た三成は、そのまま山道をまっすぐ街の方へ向かって降り始めた。
 手短に履いた下駄はどうも歩きづらいが、履き直しに戻るのも面倒で、少し歩いたところに赤い着物の人物が見えるとすぐにそちらへと足を向けた。
 


 赤い、赤い。
 夕焼けに紛れて隠れてしまいそうな姿。
 そのまま空気のように溶けてしまって戻ってこないかのような。
 


 ふいに不安に襲われ、三成はぱたぱたと走り出した。
 下駄が煩わしくなり、その場で脱いで右手に持って。
 勢いのままに幸村の背後から飛びついた。
 瞬間、変な力が掛かったのか、片足に鋭い痛みが走る。飛びつく踏み切りで、鋭い石か何かに引っかけたのだろう。然しそれは大した問題ではない。
 ……捕まえた。
 腰回りに手を回し、やっと安堵の息を吐く。



 急に抱き付かれた幸村はぼんやりとしていた意識をそこではっきりとさせる。
 その回された手に右手を触れ、驚きに目を丸くして。
 捕まえる手から、その人物を特定し。
「どうしました? 三成殿」
 首を捻り、背中に感じる三成の様子を窺う。
 しかし額を背に当てている状態では、表情を窺うことは出来ない。
「三成殿」
 再度呼べば、ゆっくりと回されていた手が放された。間髪置かずに俯いたまま三成は小声で言う。
「……いや、何もない。悪かった、気にしないでくれ」
 普段より小さなその声は、どこか自信なさげで頼りない。然し、どこがと問われればやはりいつもと変わりないと思えるほどの僅かな差でしかなかった。
「では参りましょうか」
 少し戸惑いながらも幸村は三成を促し、その声に三成はゆっくりと先を歩き出す。いつもほどの早さがないのも、思わず一歩目に顔を顰めてしまったのも先ほどの傷跡の所為。先を歩いたために幸村にその表情を見せることはなかったが。
「み、三成殿!」
 瞬間、幸村の慌てた声が上がる。その視線の先には、三成の足。
「……あぁ、気にするな」
 幸村の視線を追い、己の足と手に持った下駄を見ると呟くように告げ、下駄を下へ落とす。きちんと履き直し、先に進もうとしたところで三成は幸村に手を引かれ、その動きを止められる。
「幸村?」
 三成から訝しそうな声音が発せられる。それを無視して、幸村は彼の前に立つと背を見せ座り込んだ。
「三成殿、乗ってください」
 顔だけを三成の方へ向け、強い口調で言う。
「……別にこの程度、問題ない」
 幸村の視線を避けるようにふいと逸らされた視線は、足下の草の方へと向けられ。
「……問答無用で抱かれたいですか?」
 さらに強い口調で重ねると、三成はたじろいだように肩をびくりと揺らし、少し戸惑うように辺りを見た後、幸村の背に視線を移し、そっとその首に向かって手を伸ばした。そのまま幸村の背に被さる。
 それに気をよくし、幸村がゆっくりと立ち上がると三成は幸村の首周りに回した手の力を込めた。そのまま相手の首もとに顔を埋める。今が夕暮れで、人の顔が判別できるような時間ではなくて良かった。
「屋敷についたら、お湯と布を用意して貰わなければなりませんね」
 仄かに笑いを含んだ幸村の声に、三成はさらに強く顔を埋め。
 その様子に、幸村は微笑を浮かべた。
 



 空は、もう藍色へと変わっていた。
 




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 本当は花火ネタにしようと思ったのだが、どうも花火(特に手持ち)がなかったようなのでパス。……一応、記録的には1613年にあるが、その時点では三成さん居ないので。それ以前は異説としてはあるけど何にせよどうも打ち上げばっかりっぽい…。


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up日:2008.9.4


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