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ちりん、と鳴る風鈴を透かして見る近藤さんは本当に楽しそうだった。




「金魚すくいがある」


屋台に駆け寄りしゃがみ込むその後ろ姿。
煙草をくわえながら見下ろす。


「でも出来ない」


寂しそうな声。


「やりゃあいいじゃねえか」


「駄目だよ。俺にはこいつを飼う甲斐性が無い。」


真面目に返す言葉に思わず笑ってしまう。


「大袈裟だな」


「大袈裟じゃないぞ。生き物を飼うのは大変なんだ」

立ち上がり横に並ぶ。
身体の左側が熱い。
先程までの行為を思い出し身体の全部が熱くなる。


立ち並ぶ屋台に知らない顔触れ。距離としては江戸から遠くないものの、今俺達を知ってる奴なんてこの中には居ないだろう。


そう考え心底嬉しく成った。


「なんか平和だなー」


ヨーヨーを弄びながら言う横顔。


「此処は田舎だしな。」


煙草を携帯灰皿に押し付ける。
その瞬間、感情の波が俺を襲った。

いきなり来るこの感情の波はくすぐったいようで嫌なようで嬉しくて、切ない。


「このまま帰りたくなくなっちゃうな。」


喧騒に紛れて聞こえた言葉は
俺の心を掻き回すのに充分だった。


「……」


帰りたくないよ俺だって
アンタとずっと一緒に居たい。だって俺は


「…叱ってくれよ。副長の仕事だろ。」


「あ、あ…」


立ち止まり苦笑いを浮かべる近藤さん。


花火が、あがる。


「トシさあ…さっき言ったろ、その、帰ったら副長に戻るからって。」


「聞こえねえよ」


「もっと近づけばいいだろう」


大声で言う近藤さん。
皆、花火に夢中でその大声には反応しない。


ゆっくりと近藤さんに近づく。息が、かかる位。






「副長になんか戻らなくていい」


それが嘘でも
それが本当でも


「それは、できねぇな。」

俺は嬉しいよ。


「だよね」


空に広がる赤、青、黄色。なんか此処まできちまったな、と思う。
光と光の間の数秒の闇に任せ指を絡めた。

今だったら誰も見てないから。皆花火に夢中だから。誰も俺達になんて、興味無いから。


「花火は、はかないなあ」

一瞬花火の光で明るくなり見えた近藤さんは複雑そうな顔をしてた。
次の光の時は普通の顔に戻ってた、けど。


「はかない方が、いい。」

「なんで?」


「風情があるだろ、なんか。」


煙草を取り出し火を着ける。


「それでも今日ばっかりはなんか寂しいな」


細い煙を吐きながら、この人は本当に寂しそうな顔をするなあ、と思った。


「また来ればいいさ。アンタが望めば俺は何処へだってついていく。」


「そうだな。そう、だな。」


それでも
もう二人で旅行に行く事は無いって俺は知ってたし
近藤さんだって知ってた。



【刹那で良い、永遠なんて幻だから。】 
2007417
 

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