□煙
1ページ/1ページ

春と夏の間で
夕と夜の間




「ふう」


大きな溜息をつき空を仰ぐなんにも考えてないとはこのことだったし腑抜けとはこのことだった。
寂しいなんて感覚はなかったし次するべき事だって思いつかない
要するに全てにおいて実感がなかった。

遠くで呪文みたいな低い声くぐもった低い声


相変わらず夕日は綺麗で待てば星が出て待てば朝日だってみれるだろうし
耳をすませば家路を急ぐ子供達の声が聞こえる
俺にはそれが許せなかった

なんでなんにも変わらないんだろう
俺はこんなにも変わってしまったよ
なんで世の中の奴らは笑ってるんだろう
俺はこんなにも笑えなくなったよ
なんでなんで


なんで俺は今生きてるんだろう



あれ、俺は何をしたかったんだっけ忘れちゃったな
そんなにそれは大事で大切な事だったっけもうわかんないな

ふと自分の腕、とか足とか見れば痣が色濃く残ってるし背中はざっくり斬れている
目を覚ましたら世界が変わってたなんて眠り姫じゃあるまいし


三日三晩寝てたから罰があたったんだろうでもひどいな神様これはないよ
なんで起こしたかなあ俺を
だってそうだろこんなのって、ない


「夜になんてならなきゃいい」
時間なんて無意味だから止まっちゃえばいい



寂しいなんて思っちゃだめだ
悲しいなんて思っちゃだめだ
泣くなんてもっての他
俺は認めないし受け入れない冗談じゃないのだ


「朝なんてこなきゃいいのに」
だって俺はどうやって歩くの、どうやって息するの、どうやって笑うの
なにを護るの


大切な人を護れなかった俺に何が護れるの





「近藤、こんなとこにいたのか」


あれこの人は誰だっけ
近藤は俺の名前だっけ
ああ、この人は松平のとっつぁんで俺は部下を護る事が出来なかった近藤だ


「なんで葬式に出ない」


葬式って
ああ、そうだ今日はトシの

トシの



「見てやれ、最後なんだ」

ぼんやりととっつぁんを見上げる
最後って、


「しっかりしやがれ糞野郎!誰に生かして貰ってると思ってんだ!」


生かして、貰って


「土方の事も考えろ、お前は、本当…」


ぼろぼろと涙が落ちる
とっつぁんがないた
なんでないた
トシがいなくなっちゃったから



最初に身体がぶるぶる震えて痛いくらい心臓が潰れるみたくなって頭が殴られたみたくくらくらして熱くなって
俺はないた


認めちゃって
受け入れてしまった


ああこんな事なら思った事全部言えばよかった
すきだって、愛してるって言えばよかった
ぎゅうぎゅう抱きしめてお前の事が大好きだって
つまんないプライドとか地位とか世間体とか全部脱いで真昼間から手なんか繋いじゃって笑いあって街中を歩いてやればよかったなあそれでお前はやめろよ近藤さん、とかなんとか言って照れるんだ
それでも俺は手を離さない手をずっと離さないんだ


隣に煙草の香がすることはもうない
呆れた顔も嬉しそうな顔もみれない
大好きなのにもう会えない


ポケットから煙草を出す
血でぐちゃぐちゃのそれから一本取り出してくわえたらトシの味がしてまるでキスしてるみたいで
火をつけたらむせたけど煙を肺にいれた
ゆらゆらゆらゆら空に昇る煙をみてまた泣いた

「苦いなあ…トシこんなのよく吸ってたね」


後ろで鳴咽
低い呪文みたいなお経
夕と夜の間
ゆらゆら揺れる煙ははかなく空に消えた




おわり20070702

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ