□涙
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うれしくてくやしくてせつなくておれはないた







「はいとうれい?」

なんだそりゃ、と誰かが言った そんな言葉聞いた事がないし刀を手放した事だってないのだから無理はない 俺だってそうだ


「俺達から刀まで奪うのかよ…」

悔しそうにまた、誰かが言った 終わっちまったこんな世界 野良侍のプライドはもはやこの腰に刺さった刀しかないものだから無理もない 俺だってそうだ


泣いてる奴 怒ってる奴 絶望してる奴
そんな奴らの中で俺はぼんやりしていた
壁によしかかりぼんやり

やれるものならやってみればいいし奪えるものなら奪ってしまえばいい


ふと この芋道場の主を見るとそいつは自らの拳をみていた
あんな顔みた事ない
その真剣な顔はやがて何時も通りの顔になり 飯にしよう なんて言い出したからやっぱりこいつは何も考えてないな、と思った


「おい土方この野郎」

いつの間にか総悟とか言う気にくわねえガキが隣にいた

「…」
「どう思う」
「俺がそんな糞みてえな決まりに従うと思うのか」
「違いねェ」


気にくわねえがこいつの意見と俺のそれはよく合う




刀狩りが始まった



それからは早かった
道場から一人去り二人去り日に日に減る人数
中には逆らい斬られた者もいた 馬鹿みてえだと世間は思うかもしれない
思うかもしれないけれどそいつは侍のまま逝けた
野良は野良でも侍のまま


道場に殴り込んできたのは政府の奴らかしらないけれど刀を全部奪っていった
それでなくとも人数は少なくなっていたし無駄な抵抗というやつで 諦めはほぼついていた 甘かったのだ俺も、他の奴らも

最後まで抵抗もせずただただ懇願していたのは道場の主 近藤だった

お願いします、お願いしますと

何人かその姿を見て泣いた泣いて刀を差し出した

もういいんだよ近藤さん、もういいよと

もう何もかもおしまいだった






「トシ」
「トシって呼ぶなっつってんだろ」

この道場の主はどういうつもりか俺をトシと呼ぶ
俺はこいつの名前を呼ばない なんて呼んでいいかわからないから


「飲まない?」


こいつは俺が夜になると何時もこの河原へ来る事を知っていた 来るなというのに毎晩毎晩何が楽しいのか夜になると俺を追うように此処へ来るものだからもう馴れた


「こんな時に酒かよ」
「…じゃあいいよ一人で飲む」
「飲まないとは言ってねえ」

身体を起こすと近藤が笑った

杯なんて洒落たものはないから瓶に直接口をつけ交互に飲む


「ごめんな」


ふいに言う


「なにが」
「刀」
「あんたのせいじゃねえだろう」
「悔しい、俺悔しくて仕方ない」


真顔で言うものだから少し驚いた 俺はこいつ程喜怒哀楽が激しい男をしらない でも今のこいつは真顔


「お前らを引き取った俺にはお前らの夢を叶える義務がある」
「引き取られた覚えはない」


そう言うとがはは、と笑いが返って来た





「近藤さんがいない」

総悟が朝から騒いでいる

「別にいいじゃねーか」
「こんな事今までなかった」


生意気だけれどやはりガキ 近藤がなんだってんだどうせ稽古どころじゃないし遊びにでも行ってるのだろう


夜遅くなってから帰って来た近藤を見て総悟と俺は目を見開いた


「ど、うしたんですかィ」「なんだその顔」





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