銀八連載

□おねがいかみさま
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冷たい風が頬を撫でる。ふと窓のほうを見ると、窓が数センチ開いていたことに気付いた。どうりで寒いわけだ。チラッと視線を隣に動かすと、隣の男子とばっちり目が合った。その顔にははっきりと窓閉めろよ寒いんだよ、と書いてある。これは結構前から気付いてたっぽいな、そんなに気になるんなら言えばいいのに。なんて思いながらあたしは片手で窓を閉める。少し乱暴にしてしまったせいか大きな音が教室に響く。かつかつと黒板の上を滑るチョークの音がぴたりと止まった。あたしは思わず顔を引きつらせ、即座に黒板から視線をそらす。誰も何も言わないけれど、あたしの皮膚には痛いほど視線が突き刺さっているのを感じる。あたしはそれに気付かない振りをしながら視線を窓の外に向け、体を硬直させていた。しばらく沈黙が続いた後、チョークの音が微かに聞こえてきた。ほっと胸を撫で下ろす。そもそもなんであたしがこんな思いをしなくちゃいけないんだと心の中で隣の男子に悪態をついた。


普通なら、こういうところから恋が始まるんだろうか。初めは喧嘩ばっかしていた男子に、いつのまにか違う感情を抱き始めて…みたいな少女漫画でありがちのパターン。しかも隣の席ときた。やだ、あたし惚れられてたらどうしよう。……うわ、気持ち悪っ。いや、冗談だったけどさ。まぁ言ってしまえば隣の男子には列記とした彼女がいるからそんな心配はないんだけどね(こんな奴に彼女とか意外だ)彼女は確か隣のクラスだったはず。そういやこいつらなんだかんだで1年経つじゃん。よく持つなぁ、愛って凄い。色んな意味で尊敬の眼差しを送っていると、何、と声を掛けられた。やべ、ばれてたか。あたしは別にー、と言うとにやにやと笑ってみせた。すると彼はキモい、と言って再び前を向いてしまった。女の子にキモい、なんて失礼な。自然とあたしも視線を前に戻した。


にしても暇だ。暇で仕方ない。折角「受験」というものが終わったのに授業なんて受ける意味がわからない。その証拠にこの前の期末はずたぼろだった(別にいいけど)みんながんばるなぁ。あたしのノートは真っ白なままで、ところどころに黒い線が入っている。きっとシャープペンを握ったまま寝ていたに違いない。ぼんやりと見ていた黒板はいつのまにか見慣れない記号や数字で埋め尽くされていた。どうやらあたしは完璧に乗り遅れたらしい。まぁいいか、後で友達に見せてもらお。なんて甘い考えで自分を納得させる。そしてふと見上げた時計に思考を奪われ、数学なんてものはあたしの頭から転がり落ちてしまった。授業が終わるまであと1分もないだろう。今日は5時間授業だから、これで学校からおさらばだ。今日は久しぶりに寄り道しちゃおうかなぁ。久しぶりに新星堂とか。商店街の本屋さんもいいな。この前読んだ漫画の続きが気になる。売れる前に読んでしまいたいものだ。あそこはビニールカバーという厄介なものがないから、あたしのように金をケチる学生がわんさかと集まっている(確かに今時珍しい)でもあそこのおじさんは怖いから、1回目を付けられると厄介だ。ちなみに私は1週間前から目を付けられている。いっそのこと買ってしまおうかとも考えたけど、新刊だけを買うのもどうかと思ってしまった。まぁどっちにしても、お財布には銀色の円形のものが1つしか入ってないし。昨日お母さんに買い物を頼まれた時にお金を貰うのを忘れて、しょうがなく自分の財布からお金を取り出したことを先ほど思い出した。ちきしょう、帰ったら倍にしてふんだくってやる。結局考えがまとまらないまま、チャイムが校内に鳴り響いてしまった。


階段を駆け下りていると、見慣れた銀髪と少し丸めの背中が視界に飛び込んできた。思わず足を止め「あ、」と声を零す。その銀髪は窓から差し込む太陽の光を吸い込んできらきらと光を放っていた。その声が届いたのかはわからないけれど、銀髪の彼は歩いていた足を止め、右手を上に上げてひらひらと振った。きょろきょろと辺りを見回して近くに誰も居ないことを確認すると、あたしも右手を上げてひらひらと振る。見えたのかは知らない。あたしは再び階段を駆け下りた。次第に緩んでくる頬を時々ぺちっと叩きながら。






お願い神様

(明日も彼に、会わせてください)





080225



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