銀八連載

□もうもどれない
1ページ/1ページ



例えば朝見た占いが11位で微妙だなぁと思ったこととか、受験以来使わなくなった机を整理してたら友達に借りっぱなしだったCDを見つけたこととか、ポッキーの袋を空けたら1本だけ折れてたこととか。あたしはそれぐらいですぐ自分は世界一不幸なんだきっとそうだーとか大げさに思ったりする。1つ思い出すと次々と出てくる記憶。それはまるで植物の根っこのような仕組みで、全ては今のあたしに繋がっている。あたしはまた今日という日を少しずつ吸収して、根を広げていくんだ。



「あたし、今日、絶対告白する!絶対するから!」

「はいはいわかったってば。んで、あたしにどうしろと。」

そう言って胸の前で拳を作る彼女の顔はとてもふざけているとは思えなかった。彼女とはなんだかんだで3年間同じクラスで、気がつけば席が近くて、自然と話すようになったのだ。でもそこら辺の奴よりは、あたしを理解してくれてると思う。あたしがめんどくさそうに返事をすると、彼女はつめたっ!と言って机にだらんと倒れた。ちなみに今、教室には誰もいない。当たり前だ。だってもう授業は終わったのだから。教室は窓から入ってくる光でオレンジ色に染まり、夕焼けと同化してしまっているようだった。色彩が変わるだけで世界はこんなにも変わって見えるんだから、不思議。あたしが教室から意識を外し彼女を見ると、彼女は窓の外をじっと見つめていた。彼女の視線を追うようにしてあたしも窓に目を向けると、オレンジ色のグラウンドで白と黒の入り混じったボールを蹴っている男子たちが目に入った。いい年して恥ずかしくないんだろうか。まぁこれも、上級生の特権なんだろうけど。

「…で、行かないの?」

「無理無理無理!だ、だってほら今サッカーしてるし!邪魔しちゃ悪いじゃん!」

「んなこと言っても、あいつら馬鹿だからサッカー終わったらすぐどっか行っちゃうよ。」

「うぐっ…。」

「…はぁ。あんたならだいじょーぶだって。行っておいでよ、見ててあげっから。」

あたしがそう言うと、彼女の大きな瞳がこっちを向いた。面白い顔だなぁ、なんて思いながら有無を言わせない笑みで頷いてみせると、彼女は大好きだー!と叫んで机越しに抱きついてきた。はいはいあたしも大好きですよー、と言いいながら背中をぽんぽんと叩いてやると、うわっなんか不気味!と言って彼女は離れた。不気味ってあんた。あたしの気持ちを察したのか、彼女は両手をぶんぶんと振りながら「冗談だって!」と言ってきた。まぁわかってたけど、彼女をからかうのは楽しいのであえて言わないでおく。あまりにも必死な彼女が面白くて、あたしはついに声を上げて笑ってしまった。初めは唖然としていた彼女も、プッと吹き出しあたしと同じく笑い始めた。腹筋が痛いけど笑いはそう簡単に止まってくれない。やっと落ち着いてきたかという時、彼女はまだ少し笑いながら敬礼のポーズをして、「行ってきます!」と言ってきた。つられてあたしも敬礼のポーズを取る。彼女は数回深呼吸を繰り返して、教室を飛び出していった。さっきとは違う横顔を見て、思わずあたしも微笑んでいた。

「おーおー、青春してるねぇ。」

「……先生、覗き見なんて趣味悪い。」

彼女が出て行った反対のドアから彼は現れた。予想外の展開に思わず反応が遅れてしまった。あたしが信じられないといった目線を向けると、彼は先生だからいーの、と言って彼女が座っていた席に腰掛けた。よくないでしょ、と言おうと開いた口は結局言葉を発することなく閉じられた。彼とあたしとの距離は机1個分。遠いようで近い微妙な距離。普段こんな近くで先生を見たことなんてなかったから、思わず言葉を失ってしまう。夕日に照らされてきらきら光っている銀髪を見て、綺麗、だなんて思ってしまった。何を考えているんだあたしは。彼から視線を逸らすと、ふと彼女のことを思い出しあわてて窓のほうに目を向けた。そこでは俯きながらも向かい合っている男女が目に入った。どうやら他の男子は気を使っているらしく、さっきと同じようにサッカーをしていた。興味がないと言ったようにサッカーに打ち込んでいる奴、気になって仕方ないという感じでちらちらと気にしている奴、人様々だ。そしてまた視線を2人の方に戻すと、今度は2人とも顔を上げていた。どことなく頬が赤く見えるのは夕日のせいだろうか。でも、あれならきっと心配ないだろう。あたしが口パクでおつかれ、と言うと、届いたのかは知らないが彼女がバッとこちらを見た。彼女は一瞬目を丸くすると、ぶんぶんと両手を振ってきた。あたしも右手をひらひらと振ってやると、彼女は嬉しそうに笑った。さて、あたしはそろそろ帰ろうかな。

「あいつらさぁ、どっからどう見ても両想いだったよね。」

「まぁ、そうですね。くっつかない方が不思議ですよ。じゃ、あたしそろそろ帰りま…、」

しまった、彼の存在を忘れていた。あたしが立ち上がろうとすると、ぼすんと頭に重みを感じた。何事かと顔を上げると、そこにはいつもとは違う優しい表情を浮かべている先生がいた。とくん。とくん。いつもは静かに動く心臓がやけに煩く聞こえた。もしかして彼には聞こえてしまってるんじゃないか。あたしが硬直していると、頭の上にあったものが動き始めた。わしゃわしゃと乱暴に髪が掻き回されて、結構痛い。我慢できずにいたいいたい!と声を上げるといきなり頭が軽くなった。閉じていた目を開けると、満足げに微笑んでいる教師が1人。もしかして、今、頭…。軽くパニックになってしまったあたしはがたんと大きな音をたてて席を立つ。そして鞄を引っつかむと、もう帰ります、さよーなら。と一方的に挨拶をして先生に背を向けた。先生の顔が見れない。状況が理解できない。ドアへ向かう足が自然と速くなっていった。

「お前も早く、相手見つけろよー。」

教室を出る際にそんな言葉が耳に入った。あたしは振り返って余計なお世話です!と言うと勢いで走り出してしまった。






もう戻れない

(嬉しいような悲しいような、あたしの心は髪と同じくぐしゃぐしゃだった)





080227



.


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ