銀八連載

□でーじーははるをつげる
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人間は実にめんどくさい生き物だ。何かをしよう、言おうとしても感情というものが邪魔をする。いっそ花になりたい。そこら辺の道端に咲いているような、名前もない小さな花でいいから。ひとりで咲いて、ひとりで枯れたい。誰のものかもわからない精子を飲み込んでしまえば、後は勝手に子孫ができる。なんて楽なんだろう。感情なんてものがあるから、苦しいんだよ。じゃあ感情がなかったら、みんな幸せになれるのかなぁ。



かつかつと聞きなれた音が教室に響く。嫌というほど聞いたこの音も今では心地よく感じる。それは彼のおかげかもしれないね。あたしはしわくちゃになった白衣を身にまとった大きな背中をぼんやりと見つめていた。何かを考えていないと思い出してしまうから。静かな靴箱。男女の息遣い。あたしを射抜く2つの瞳。開かれる唇。あたしは頭を数回横に振って俯いた。なんでだろう。目の前がぼやけてくる。瞼が熱い。普通の女子なら嬉しいはずじゃないのか。なんであたしはこんなにも苦しいんだろう。

「おーい、どうした、気分でも悪いのか。」

頭上から降ってくる言葉にあたしは反射的に顔を上げた。目の前にはあたしに目線あわせてくれている先生がいた。さりげない優しさに胸の奥がじわじわと熱くなるのを感じた。いきなりのドアップに少しだけ驚く。それと同時に思い出す、先生の大きな温かい手。自然と顔が熱くなるのがわかった。あたしたちの距離は机1つぶん。この前の出来事を思い出すには十分なきっかけだった。そして、さっきまで遠くにいた先生がこんなにも近くにいるということに何故か心が温かくなった。不思議、先生の言葉1つでこんなにも幸せな気持ちになれるんだもん。先生もそうだったらいいなぁ。

「えへへ、だいじょーぶです!」

「んだよニヤニヤして…ま、そんだけ元気なら大丈夫そうだな。」

先生は苦笑いを浮かべると教卓へ戻って行ってしまった。その時あたしは初めてクラス中の視線を浴びていたことに気付いた。そういえば前にもこんなことがあったような気がする。まぁ、もう慣れてしまったけれど。あたしは自分の頬を触る。確かに頬は緩んでいた。目線を前に向ければさっきと同じ、大きな背中が視界に入る。いつも通りの光景。唯一違うことといえば、いつもより先生と目が合うようになったということ。






デージーは春を告げる

(あたしたちにはもう時間がないのです)





080310


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