銀八連載

□はりつめられたえご
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それは言葉にしてしまえば簡単に聞こえるかもしれないけれど、実際はもっと複雑で、どろどろで、むず痒い。しかも気づかない内になっているのだからたちが悪いと思う。あたしみたいなめんどくさがり屋にとっては迷惑極まりない。なんてのはただの言い訳で、ほんとは傷つくのが怖いただの弱虫なだけ。自分を守るのに精一杯で、そのくせ誰も傷つけたくないとか思ってて、気がつけば自分も周りもみんな泣いている。だから本当に欲しかったものさえ見失ってしまって、目の前の光に必死でしがみつくしかないのだ。



油断していた。周りが見ていたということは当然あの人も見ていたということで、そんなの気付きもせずあたしはにやにや笑ってて、今は体育の授業中で、あたしは忘れ物を取りに教室に来てて、あーもうあたしのちっぽけな頭じゃ状況を整理できない。とりあえずこの沈黙をなんとかしなければいけないことだけはわかった。でもそんなのわかったところで気の利いた言葉なんて浮かんでくるほどあたしは器用な人間じゃない。あれっ、君も忘れ物かい?これじゃあ誤魔化してるのがモロバレだ。奇遇だね!いやいや向こうはそんな感じじゃないぞ。いっそ逃げてしまおうかとも思ったけど出口は完全に彼によって完全に封鎖されていて、こんなことなら反対側から出ればよかった。そう、あたしの前には沖田総悟が立っている。

「きょ、今日女子バスケなんだ。」

「…は?」

「えと、あっあたし教科書忘れちゃってさ〜。」

「………。」

必死に考えて出てきた自分の言葉があまりにも情けなくて少しへこんだ。無駄に分厚い教科書を持ち上げていた右手をだらりと下ろした。なんでこういう日に限って教科書を使うんだろうか。ふと沖田に目線を向けると、今まであたしに向いていた視線が少し横にずれていることに気付いた。少しホッとしながらもその視線を追うと、あたしは一瞬思考をそれに奪われた。いやまさか、沖田は教科書を見ているに違いない。きったない教科書だなぁ、まぁこうしたのはあたしなんだけど。でもあたしの勘は見事に当たっているようで、無意識のうちにあたしは右手を後ろに隠していた。左手でぎゅうっと右手首を握り締める。沖田の鋭い目が再びあたしを捕らえる。でもその目は決してあたしを責めてはいなかった。

「……あの、」

「な、何。」

「……返事、聞かせてくれやせんかねィ。」

「え、」

一瞬、音が消えた。脳を金槌かなんかで殴られた気分だ。中途半端に開かれた口からはただ息が漏れるばかりで、酸素がうまく入ってこない。気がつけばいつのまにか沖田とあたしの距離は縮まっていた。右腕に圧迫感を感じ思わず顔を歪め、反射的に力を込めたけどやっぱり男の力にかなう訳なくて、あたしの右腕はずるりと前に引き出されてしまった。そして沖田の指が右手首に触れた瞬間、あたしは無意識のうちに沖田の手を叩いていた。反動で遅れてくるびりっとした痛みを左手に感じながら、あたしは初めて焦っていたことに気付いた。無意識のうちに乱れた呼吸を整えながらも動かない脳を無理やりフル回転させる。沖田は叩かれたことはさして気にしていないようで、苦笑を浮かべながらあたしを見ていた。あたしにはその苦笑の意味がわからなかった。






張り詰められたエゴ

(そしてあたしはただ、ごめんなさいとしか言えなかった)





080315


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